出国
珈琲の匂いが好き。其れを含んだ湯気を、肺の奥一杯に入れ、息を吐いた。
「何時、日本を出るのかしら。」
姉好みの酸の強い珈琲が、口を侵す。
「さあ、宗一さんの都合ですね。」
正直、何時出るのか判らない。彼の望む侭に生きる事が、今からの自分。だから、問いもせず、何時出るかも判らぬ侭、時が流れている。
「なら、帰ってくるかしら。」
其の問いに、益々言葉が無くなる。何だか、もう二度と戻ってこない気がしてならない。そう思うから、自分は大好きな姉の顔を、目に焼き付けているのかも知れない。
「見送りは。」
珈琲を飲む姉に、云った。
「結構です。」
目だけを動かし、視線が合う。そう、と感情無く云われ、此れが最後の会話になると、何故か感じた。
「では、僕は此れで。」
帽子を被り、微笑む。初めて袖を通した洋服は、とても窮屈で、息苦しい。こんな物を毎日着ている人の気が知れない。でも、慣れなければいけない。
ズボンもジャケットも、全てが新しい。
「時一。」
姉の微笑み。我が姉乍ら、何て美しいんだろうと思う。
「とても、良く似合ってるわ。ぐんと男らしい。」
其の言葉に、微笑んだ。次会う時は、もっと似合う男になってい様と。
「御機嫌よう。姉上。」
「素敵な人になって。」
自分より少しばかり背の高い姉。なのに、とても小さく感じ、同時に愛しく思う。忘れない様に、強く抱き締めた。
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