俗と煩悩


日本から届いた手紙に、ハロルドは無関心な目を向けた。
「対亜米利加に、我が英国軍を、か。」
椅子に背を預け、パイプから紫煙を上げた。日本と手を組み、我が国に利益はあるのか、繰り返し其れを自分に問う。思考を停止させる電話のベル。びくりと身体を揺らしたハロルドは視線を動かし、電話に出た側近を眺めた。
「日本からですが、如何致しましょう。」
「木島元帥…?」
盗み見る様に側近を見、見られた側近は数回頷いた。
「...Yes.」
「Oho dear... Jesus...」
死刑宣告を受けた気分に為り、背凭れに全体重を乗せると脱力した。
「ハリー。」
「ハリーって呼ぶな。」
「Hurry upの方です。」
背を付けた侭渋々手を伸ばし、恨めしそうに受話器を見ると耳に付けた。
「はい如何も、ベイリーです。御元気ですか、木島元帥。」
心中悟られない様無駄に明るく声を出したが、受話器から聞こえる声に喉が鳴った。
『やっと、御声が聞けた…』
地の底から這い出す様な、舌舐めずりをする様な和臣の声に、口の水分が奪われる。
「御手紙、拝見致しました。」
『其れで、良い御返事は、頂けそうですかな?マーシャル…ヘンリー…?』
喉の奥で笑う和臣。
「随分と…馴れ馴れしい…」
『ヘンリーもベイリーも、大して変わらん…』
親しみを込めてヘンリーと呼んで遣ろうと迄云う始末だった。
無意識に深く為る眉間の皺。消す様にハロルドは触ったが、其れでも消える事は無かった。最近自分の人相が悪い事、知って居る。亜米利加と手を組むか、日本と手を組むか。此処数日、ハロルドの頭を痛ませ、人相悪くさせる話だった。
「あのね、木島。俺、頭が痛いんだ。」
『へえ。』
其の声に、又頭が痛む。
『今此処で、返事をしたら消えるんじゃないのか…?』
くつくつと笑う声、痺れる様な痛みが頭を埋めた。
「あのね、木島。陸軍同士の事だから俺に権限はあるよ、手が組める様に口を添える事も出来る。でも、英吉利で一番の権限を持つ軍は、日本と違って、海軍なんだ。だから…」
海軍の方に連絡を入れて呉れないかとハロルドは云った。
然し。
『嫌だ。そっちの海軍元帥さんは、こっちの海軍元帥同様、何を云ってるのか全然判らん。宇宙人みたいだ。』
「うん、其れは良く判るよ、木島。凄くね。」
ハロルドに此れの決定権が無い事は充分知って居る、其れでも海軍を頷かせる弁位はあるだろうと藁にも縋る思いだ。
『だろう?だから御前が云って呉れ。』
「其方の海軍元帥さんが連絡を入れたらね。」
『冗談じゃない、海軍に花を持たす気か?』
陸軍の権力が海軍より劣っては為らないと和臣は云う。馨が連絡を入れ、頷いたら…?
流石は海軍、流石は加納元帥。陸軍の権力は地に落ちる、万歳される人間が馨に代わって仕舞う。そんな事あっては為らない、そう為る位なら日本が沈没した方がマシだと和臣は膨れた。
『御願い。』
「だからさぁ…、判んないかなあ…。俺に頼まないでよ。」
『島国同士、助け合おう。な?』
数分前に感じて居た和臣に対する恐怖心は消え、甘く強請る声に等々本音を云った。
「俺だって日本と手を組みたいよ。日本大好きだし、日本を守ってあげたいよ。でもね。」
一番の権限を持つ海軍元帥が、大嫌いなんだ、日本を。
何度持ち掛けられても一度も良い返事をしないのは其の為。はっきりとハロルドは云った。
受話器越しに落胆する和臣の姿が見え、ハロルドは額押さえ、同じに落胆した。
『日本は良い所だぞ…、一寸閉鎖的だけど。仲良く為れるさ。』
「其れを是非、何処ぞの阿呆海軍に云って遣って。」
『ヘンリー…、頼むよ。』
「努力はするよっ、でも期待はしないで。」
此れ以上同じ会話を繰り返したくないハロルドは叫び、乱暴に受話器を置いた。切って、本当に切って良かったのだろうかと、電話を眺めた。もう一度鳴るかと思ったが電話は静かで、肩を上げた。
海軍を頷かせる方法、和臣みたく甘く強請れば良いのか。然しそんな事、和臣が海軍に花を持たせたくない同様に嫌だった。




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