俗と煩悩


鳴り響く電話。側近は丁度、男に命令され紅茶を作りに行って居る最中で、部屋には男しか居なかった。
「元帥室。手短に済ませ。」
答えたが返事は無く、男はもう一度受話器に声を掛けた。
「誰だ。」
『ベイリー元帥で、あらせられますか?』
聞こえた声に、男は息を飲んだ。
海の修羅。
等々自分の所にも連絡が来たかと、男はドアーに施錠した。
「加納元帥…か?」
『知って頂き、光栄です。』
柔らかく笑う声、此れが在の冷酷無慈悲の修羅と呼ばれる男の声なのか。男は疑問に思った。
『御忙しい所、申し訳御座居ません。少し御時間、宜しいですか?』
「手短にな。」
ティタイムの時間なんだ、そう男が云うと、馨は笑った。
「其れで、何か御用か?」
『ええ。あの、単刀直入で申し訳無いのですが。』
馨の言葉に男は黙って言葉を待った。
『帝國軍と、手を組んで頂けませんでしょうか。』
矢張りそう来たか、英吉利の陸軍側から日本と手を組みたいと提案は出て居たが、馨直々に連絡来るとは思わなかった。
「本気か?」
『御無礼なのは承知致しております。ですが…』
詰まった馨の声に、男は薄く笑った。顔等はっきりと見た事無いが、声の感じからして、繊細な顔付きを連想させる。受話器の向こうで、其の眉を落として居るのだろう。
「我が英国軍が、必要と。」
『はい…』
声を低くし、恨めしそうに話す。
『御恥ずかしい話ですが、我が陸軍は、衰退して居ります。まあ、元帥が元帥ですので、無理は無いでしょうけれど。全く全く…』
其の言葉に、笑った。
「加納元帥。」
『何でしょう。』
日本と手を組むと言い出した陸軍元帥に、反発が起きた。御前は其れで勝てると思うのか、あんな遠い場所に居て一体何の力関係が結べるのか、御前は英吉利を潰したいのかと。其れでも陸軍元帥は唱えた。日本と手を組めば独逸だけでは無い、ソ連と、其れに続く亜米利加に自分達の力を判らせて遣れると。此の国を本気で怒らせたら如何為るか、世界に教えるには良い機会では無いか。
――世界で一番強いのは何処だ、我が大英帝国だ。世界は一寸其れを忘れてる。もう一度轟かそう、大英帝国の名を。出来るさ、俺達なら。だって俺達には陛下が付いてる。女王陛下万歳っ。
――Long live the Queen!
思い出した会話。知れず笑みが零れ、地図を見た。
亜米利加を挟んだ小さな島国。東洋最強国、美しき阿修羅達。
もう一度、陸軍元帥が云う様に光を見る事は出来るだろうか。微かな希望でも良い、もう一度、此の国に光を。
「力を貸して呉れ、帝國軍。我が大英帝國に、目映い光を見せて呉れ。」
息を詰まらせる馨。まさか、此の小さな国が、必要と云って呉れるとは。
詰まった言葉を振り絞り、馨は云った。
『大英帝国に、再度光が降ります様に。女王陛下万歳、万歳…』
無理に絞り出した所為か、涙が零れた。
「世界に教えるぞ、御前達大日本帝國の名を。」
世界を牛耳るのは、我が大英帝国。そして、大日本帝國。




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