俗と煩悩


琥珀色の髪に、黒髪。其れが混ざり、揺らぐ。
「大戦、ねぇ。」
時恵の言葉に、琥珀は息を吐いた。
「日本は、何処と手を組むのかな。」
「独逸では無いかすら。」
「独逸?」
「ええ、在の木島元帥の事だもの。陸軍が強い独逸よ。」
云って珈琲を飲み、空を見上げる。琥珀は無言で其の顔を見た。
「帰って、来るかすら…」
時一を思う時恵に何も云えず、静かに揺らぐ緑の葉を見た。聞こえる飛行機のエンジン音。
「海軍…」
呟いた琥珀。動く時恵の目に、俯いた。
「加納元帥は、止め為さい。」
どきりと心臓が鳴り、作った笑いを向ける。
「何の事?」
「ワタクシが知らないとでも御思いかすら、琥珀さん。」
口元だけを歪ませ、時恵は鼻で笑った。
「加納様の事は…」
口籠もる琥珀に、間髪入れず厳しい声が飛んだ。
「軍人に惚れた女が、どんな道を辿るか。ワタクシを見て、御存知で無い訳無いでしょう。」
軍人の妻は、喜んで御国に主人を差し出す。死んでも文句は云えない。良御座いました、嘸かし主人も喜びでしょう、本望に御座居ます、等心にも無い事を云う。そんな女達を、何度此の黒い眼で見た事か。
青い空にゆったりと流れる白い雲に、琥珀は馨を描いた。
互いに目を瞑り、其々思いを馳せた。
「御免下さいまし。」
門から聞こえた声に、時恵は目を開く。顔を見なくとも判る、声の主。もう一人の、軍人の妻。
「開いてますわ。御入りになって。」
開いた門に白蓮が近付き、入って来た影に挨拶をした。ゆるゆると頭を撫で、其れに付くもう一つの影は白蓮の大きさに驚き後ろに隠れた。
「あら、琥珀ちゃんも居たの。ふふ。」
「久し振り、雪子さん。」
現れた雪子に時恵は笑みを向けた。
琥珀の横に腰を落とした雪子は一度深く息を吐いた。息苦しそうに呼吸を繰り返し、白蓮に怯える息子を眺めた。
「今、何ヶ月?」
琥珀は聞いた。
身体が細い所為が矢鱈腹が目立つ。然し、今眺めて居る息子の時には此処迄目立ちはしなかった。本当に大丈夫なのか、周りが心配した程。
「半年よ。」
「大きいね。」
「そうね。双子だもの。」
雪子は笑った。
双子、だから月にしては大きい。
「まあ、双子ですの。」
「凄い。良いなぁ、双子。」
二人から驚きを貰い、照れ笑った。
「主人からは、御前は犬かと云われましたわ。」
多胎児孕む女は、畜生腹と呼ばれ余り好かれはしないが、和臣や其の母親が気にする事は無かった。大家族大いに結構、最初も二人だったら良かったのにと迄云われた。
「全く在の方と来たら…」
犬猫みたく子供を作って居たのは何処の誰か、忘れたとは云わせない。
犬と云う単語に反応した白蓮の目。其れに雪子は笑った。
「貴女は狼よ。」
「白蓮にも、旦那が要るかすら。」
首を傾げた時恵に、首を振る白蓮。そんな奥ゆかしさを見せる白蓮だが、琥珀は雪子に話した。
「白蓮ね、ダディが好きなんだよ。」
だから旦那は要らないんだと笑う。思い出した時恵はくつくつ笑い、ぽかんとする雪子に必死に訂正する白蓮。
――在れは違ってよ、母上…
「嘘仰い、白蓮。大好きよねぇ、井上様。」
「最初の発情期の時、凄かったんだから。」
此の白蓮からは想像出来無い雪子は不思議な気分持ち、又複雑だった。
「人間は、無理じゃ無いかしら…、白蓮ちゃん…」
「余程獣臭いんだろうね、ダディ。実際臭いし。」
「臭いの…?」
まあ在の見た目なら否定はしない。
「臭いよぉ…?ふふ。午前様の時は一層臭い。ダディ イズ スメイリー。」
――在れは確かにね。悪臭に近い物があってね。
「嗚呼、女性の。」
勘違いした拓也の匂いに笑いが漏れた。
娼婦上がりだから判る、在の女達の強烈な匂いを。色艶孕んだ濃密な匂いなら悪くは無いが、化粧と香が混ざり合った匂いは下品で、官能的とは言い難く、雪子でも嫌いであった。
失態を云われた白蓮は不貞腐れ、時恵に「嫌い嫌い、母上の馬鹿」と文句垂れると家に入って仕舞った。機嫌損ねたかすら、と暢気に云う時恵。話した張本人琥珀は、反抗期じゃない?と、此れ又暢気に笑う。
――違ってよ。ふん。
「白蓮様が拗ねたぁ。」
――云って御出で、小娘。
旦那が居ないのは御前も同じだろう、鼻で笑って遣った。
誰が想像出来ただろうか、此の穏やかな日々が脆く崩れる事を。
在れから日本は英吉利と手を組み、争いの勢いは増した。
此れが修羅道、男達が望んだ世界。其れに女達は、唯翻弄される。
避けて通る道は無いものか。考えるだけ無駄であるのに、考えずに居られないのは、何故だろう。空を眺める女達に、出来る事は何も無いと云うのに。




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