恋遊び


蝉の声が、煩い。
彼は息を吐き、木に向かって本を投げた。一瞬静かになり、やがて又煩くなった。
「和臣っ、和臣っ。」
ドアーから顔を出し、廊下、兄の部屋に向かって叫ぶ。
「なぁに、御兄様。」
「蝉、撃ってくれ。」
「やだよ。兄さんが遣れよ。」
「銃何て使えるかいな。」
「じゃ、やだ。生類哀れみの令だよ。」
「何時代やの。」
諦め、ソファーに座り、団扇で風を送るが、生温い風しか来ず、団扇を床に捨てた。
僕はコップに入っている氷を口に含み、捨てられた団扇を拾い、仰いだ。
「暑ないか。」
「いいえ。」
彼は怪訝な顔をし、ソファに寝転がった。
「此れは何かの陰謀や。」
「ん。陰謀ですか。」
「陰謀や。―御前、何食べてんの。」
「いえ、何も。」
「嘘吐きぃな。今明らかに食べてたやろ。」
「食べてませんって。やだなぁ、暑さでやられましたか。」
僕の言葉に彼は力を無くし、襟を肌蹴させた。
一瞬にして、熱くなった。体が。
熱さで、息がおかしくなりそうになる。
僕は不乱に団扇を動かした。
彼は其れに気付き、口元で笑った。
「やっぱり、暑いんやないの。」
「ええ、熱いです。」

「体が。」

そう、体が。
彼の、普段見ない肌を見た時から。
「体が、か。」
「ええ、体が。」
汗は出ていない筈なのに、こんな気温どうという事は無いのに、僕の体は、恐ろしく熱い。其れに、何故か、体は熱いのに、腰の辺りが、冷たい。
彼はソファから立ち上がり、近くで僕の顔を見た。
「時一。」
彼の手が触れる。
其れだけで。
「止めて。」
無意識に声を荒げ、視界が歪んでいる。
「時、一。」
歪んだ視界に、悲しそうな彼の顔が見えた。
僕は、息を飲んだ。
「違う。違うんです。済みません。」
違う。
違う。
違う。
此れは拒絶何かでは無い。
「―熱いな。」
「ええ、暑いです。」
「ちゃう。」
「え。」
「体が。」
「―ええ。とても。」
視界が暗くなり、薬品の臭いが鼻を突いた。
自分よりも暑い手が、顔に触れ、熱い舌が、唇を触った。
「は。」
「時、一。」
切なそうな声に、肩が上がる。
熱い。
凄く、熱い。
「兄上―。」

ずっと、ずっと、触れたかった。

貴方に。

初めて会った時から。

「兄上、兄上。」
「時一。―泣きぃなや。」
「御免、為さい。」
其の顔を近くで見たかった。
其の体に触れてみたかった。
其の唇が、欲しかった。
そう、今の情景が、とても欲しかった。
「兄上。兄上。」
「うん。」
「貴方が近くに居ると、苦しい。貴方の事を考えると、体が熱くなる。此れって、病気ですか。」
優しい目が、一層優しくなった気がした。
初めて見た時とは違う、何かが混ざった様な、そんな目をしている。
彼は無言で、唯笑っていた。
「医者なら、何か判るでしょう。」
「医者でもな、治せんもん、あるんや。」
「だって、こんな、苦しいのに。」
「うん。知ってる。」
「何で。」
「うちも、凄く苦しいんや。初めて会うた時から。」

此れが恋だと、産まれて初めて僕は知った。




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