御祭り騒ぎ


調子を頭の中に残して居た六時過ぎ、帰宅した馨は、靴も脱がず「ほら、行きますよ」と琥珀の腕を引いた。
「何処に…?」
適当に靴を履き、施錠し、歩く馨の後を小走りに付いて行った。
「祭ですよ。」
元来ワタクシは其の様な物に興味はありませんが、仕方ありません。馨はそう云い、髪を縛った。
「行きたいのでしょう?」
「え?」
柔らかく微笑む馨に琥珀も釣られた。
昔一度、日本に来て初めて知った祭りの事を馨に話した事がある。其の嬉しさと高揚を琥珀は一人楽しそうに話すが、馨は聞いて居るのか判らない態度で唯頷いて居た。
本の些細な其れさえ覚えて居てくれたのだと、祭りに向かう気持とは違う高揚を知った。
「軍服とは色気ありませんがね。」
「良いよ、別に。」
祭りに行ける、其れだけで琥珀は嬉しかった。
「其の馨さんが、一番格好良いもん。」
「おやまあ。」
照れる馨の腕に琥珀はしがみ付き、そんな二人の横を、同じ様な恋人達が通り過ぎた。

「置いてくぞー。」
「待ってよ。」

「一番でかい金魚だ。ほんで庭の池で鯉位でかくし様。金魚は麸を食うのか?」
「馬鹿だねあんた。金魚は食えないよ。鯉も食えないよ。何処迄食い意地張ってんだい。」

若い恋人達は調子の様に軽やかな足取りで高揚を見せ、夫婦は慣れた会話を繰り返して居た。
生温い風、夏の匂い、其れに混ざる馨の匂い。夏の終わりの其の一頁、栞の様に全てを挟んだ。




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