御祭り騒ぎ
小さな祭りではあるが、人は沢山居た。逸れ無い様、二人は手を繋ぎ、周りの女達より頭一つ分突き出た琥珀色に、回りは見世物を見る様な目で見て居た。
「御姉ちゃん、頭真っ金々だ。」
「これ…。やですよ、済みません…」
「良いですよ。」
笑って見せたが、琥珀は少し引き攣り笑う。此の真っ金々頭に林檎飴の赤さは、嘸気味悪いであろう。子供は残酷だ、そう琥珀は思い、繋ぐ手に力を入れた。
「大丈夫ですか?」
「うん、平気。慣れてるから。」
馨に笑って見せた時、馨の真後ろに的屋があった。昔から此の射的屋は中々物が落ちないと評判で、余り繁盛はして居ない。然し毎年店を構える所を見ると、相当儲けて居るのだろう。そんな的屋の前で、二人は足を止めた。
「御前、今っ、真っ正面向いてただろうがっ。何で俺が狙ってた奴落とすよっ?」
「真っ正面向いて居様が、後ろを見て居様が、俺は陸軍元帥だ。物を見ずとも落とす位、朝飯前だ。」
云って又一つ物が落ちた。的屋の親父は頭を抱え、破産だ、明日は店が開け無いと歎く。其の中で、琥珀以上に輝く頭を見た。
芒の様に揺れる髪。
「Thank God!見てくれよっ、キースっ。良く判らない置物だっ。…本当に在れは何だい…?」
「凄い凄い…」
射的銃を、何処ぞの原住民の祭みたく上下に動かし、飛び跳ねる姿。Fu-Fu、と歓喜し、飛び跳ね乍ら回転する。そして目が合った。
馨は其の集団に唖然とし、即刻全軍撤退したい所だが、石像みたく琥珀は固まってしまった。
「ヘンリー…?」
「ヴィッキー…?」
一気に興奮を抑えたハロルドの姿に、物を狙って居た拓也は一旦銃を置いた。
「如何した。」
「ミスター、在れ。」
「嗚呼?」
ハロルドの手の向ける方向に拓也は目を向け、おお、と声を出した。
「何、来てたのか?」
「うん。龍太郎は?」
其の群集に目を遣るが、龍太郎も、其れに連なる時恵の姿も無かった。
「居るぜ?御嬢さんが風鈴欲しいって。…如何も、加納さん。」
物を落とし、一人歓喜し、店の親父から「後生だからもう止めて」と懇願されて居る和臣を見て居る馨に拓也は挨拶した。
「はあ、今晩は。今夜はやけに蒸しますねえ。」
瞬間だ。
今迄奇声を発し、店の親父を虐めて居た和臣の声が止まった。ゆっくりと後ろを向き、銃口を地面に付けた。
「Did you buy mask of the fox?」
和臣の言葉に一同固まり、一番最初に笑ったのはキースであった。続けてハロルドが笑い、高らかに和臣は笑うと射的銃を馨に向けた。
陸軍集団にも驚いたが、馨が一番驚いたのは、勿論在の英国海軍の元帥様である。一言云ってくれれば自分が持て成したのだが、今回のホストは拓也の様見受けられた。ハロルドとキースは、此の風景に溶け込む様に浴衣を着て居た。見慣れない為違和感あるが、二人は着こなして居た。
「ワタクシの此の顔は生まれ付きですっ」
「狐の置物は頂いたあっ。一幸にやる。」
「いいえ私が木島さんっ。此れこそ私の息子に与えるべきですっ」
「俺が落とすぜ。ほんで琥珀は返して貰う。」
一斉に銃を向けられ、本物で無い玩具だと判って居ても、恐怖はあった。普段から銃に慣れ親しんで居る所為か、本物にしか思えないのだ。其れは琥珀にも恐怖を与え、二人はしがみ付いた。
「何と野蛮な…」
「ダディっ、駄目だよっ」
「へえ、やったら…」
馨の後頭部に銃口が付けられた。
「おいが撃っちゃろうかね。」
にたにたと笑う声が頭を弾丸の様に撃ち抜け、呆れる馨の代わりに拓也が声を出した。
「佐々木さんじゃん。」
「今晩は、井上中尉。」
適当に会釈を交わし、其の後だ。馨に銃を向ける大和の腕下から其の声は突き抜けた。
「嗚呼っ、伯父様っ」
弾丸の如く飛び出し、台に軽く腰掛ける拓也に愛子は飛び付いた。余りの勢いにバランスが崩れ、危うく二人揃って射的の的になる所であった。
「元気良いなぁ…」
云ってはみたが、余り嬉しそうな顔は見せ無かった。愛子の登場に琥珀は仕切りに額を叩き、幻覚では無いのかと自分を保った。
「愛子…。止めて…本当に止めて…。あたしのダディよ…?」
「伯父様、伯父様っ」
「琥珀、助けろ…」
琥珀は愛子に、馨は大和に対し溜息を吐いた。銃を下ろした大和は酒を一口飲み、和臣の横に並んだ。
「大和…、止めてくれ…」
的屋泣かせの大和。其の大和に和臣以上の懇願を親父はし、和臣は眉を上げ、大和は口角を釣り上げた。
「負けんけん、木島さん。」
「俺に勝つのは、百年早い。」
和臣は上段を、大和は下段を撃ち始め、弾が弾ける度に親父は的みたく崩れ落ちた。
「伯父様、此れあげますわ。」
大和を余所に、帯のから愛子は小さな土鈴を出し、拓也の手に乗せた。梔子を形成する其の鈴、心地好い音がした。
「梔子、御好きに御座居ましょう?見付けて買いましたの。」
少女の顔の中に、女の色を薄く引き、愛子は笑う。
「有難う…」
鈴を鳴らし、ハロルド達に見せる拓也。奇麗な音だろうと鳴らし、ハロルドは笑い、愛子を見た。
「愛子…、あたしには…?」
伯父様伯父様大好きよ、は一向に構わないが、自分にも何か欲しかった。
馨には、此の集団の様に射的の腕は無い。金魚にも興味無ければ、祭り自体に興味が無い。そんな馨に望みは始めから持って居ない琥珀は、せめて思い出に、誰でも良い、食い物以外で形残る何かが欲しかった。
愛子は薄い唇を横に伸ばし、一寸待ってね、と大和の足元にある紙袋を三つ漁った。
「愛子ちゃん…?」
「如何ぞ、続けて下さいな。」
適当に中を漁り、二つ物を持つと愛子は琥珀に向いた。
「琥珀は此れね。」
「何、此れ。」
「香水瓶だよ。」
「へえっ」
万華鏡の様な其の巧みな色加減に琥珀は息を吐き、外灯に照らし中を覗いた。
「有難う、奇麗。」
外も奇麗だが、中は一層無数の光を反射させ、琥珀に美しい幻惑を見せる。キラキラと光り形を変える光の姿は、祭の様な、一種の非現実的な世界であった。
「加納様には此方を。」
「ワタクシにも頂けるのですか?」
掌に乗る犬の縮緬の縫いぐるみ。座り、馨を見上げる其の顔は、琥珀に良く似て居た。
「大和様が撃ち落としたんですもの、御気に為さらないで下さい。」
「では遠慮無く頂きましょう。」
馨の態度に愛子は笑い、又一旦紙袋に姿を落とし、今度は両手一杯に物を持った。そして、ハロルド達の前に立ち、小さな掌一杯に広がるビー玉を見せた。
「Marble...?」
宝石の様に彩りな大小様々なビー玉にハロルドは目を輝かせ、愛子を見た。
「くれるの?」
「日本のビー玉は、奇麗に御座居ましょう?水槽の中で、金魚と共に並べると、一層奇麗ですわ。」
流石は男爵令嬢と云うべきか、琥珀の親友と云うべきか、愛子の口から滑らかに出たクイーンズ英語にキースは眉を上げた。
「奇麗な、発音だな。耳に、良く通る。」
「彼女の声は在れに似てるね、Bell-ringing.」
「嗚呼、似てる。此れからの日本の風景に良く映えそうだ。」
秋風のほんのり冷たい夜風の中で聞けば、嘸風流であろうな。そうキースは日本語で云った。
女嫌いの此のキースが。
誰もが、頬を赤らめる愛子の姿に思った。
「キース、何て云ったんだい?」
「My lady以外を褒めてみた。世界は明日終わりだ。」
ビー玉を物色するキースにハロルドは唖然とし、本当に世界が終わってしまいそうな衝撃を受けた。
「御前、もっとコンパクトに為らないか?」
ビー玉を見た侭キースは云う。
「え?」
「此れ位。」
と、ハロルドの目に良く似たビー玉を摘み、云った。
「そしたら俺のドールハウスに置いてやる。」
「其れは、ええと…」
「キースっ、其の図体で人形遊びとか英国の恥だよっ。My ladyに何て云えば良いんだいっ。貴女のキースは人形遊びに夢中で、貴女の事は頭の片隅何処にも御座居ません、そう云えば良いのかいっ?」
「待てっ。打ち首じゃっ、国外追放ぞ貴様っ、が今聞こえた…」
慌てて後ろを振り向き、幕の垂れるだけの景色にキースは息を吐いた。
「恐ろしい…」
「俺はもっと怖いよ…」
蒼白した顔でビー玉を見るハロルドだが、キースの様にすんなりと一つ決められ無いのか、全部貰って良い?、そう聞いた。
「ええ、御気に召して頂けたのなら。」
「有難う、大事にするね。」
愛子の笑顔にハロルドは笑い、然し、両手が塞がったハロルドはキースを見、逸らされると拓也に向いた。
「此の侭英吉利に帰ろうかな…」
「其の侭女王陛下に献上すると良いぜ…」
「水色だけ無くなりそうだがな…」
掌一杯のビー玉にハロルドは如何仕様も無くなり、拓也は頷くと琥珀に向いた。
「楽しめよ。」
「ダディもね。」
「じゃあね、ヴィッキー。帰国する前にもう一度会おうね。ビー玉有難うね。」
「御気に為さらないで下さいませ。」
「うん、バイバイ。」
「加納、又明日な。」
「ええ、アドミラル ベイリー。御待ち致しております。」
「木島さあん、明日行きますね。」
「あ?嗚呼。…何しに来るんだ?」
「じゃあな、佐々木さん。」
「今度酒飲もうや。」
「嗚呼。じゃあな、愛子ちゃん。」
拓也は一度柔らかく微笑み、愛子の頭に手を乗せ、琥珀の頭に触れた。
離れた拓也の手から、懐かしい夏の匂いがした。在れが欲しい此れが欲しいと強請る琥珀に、拓也は毎度困った顔を向ける。けれど決まって、こうして頭を撫で、仕様がねえなあ、と腕一杯の物を貰った。周りの声がぼやける、思い出に浸った。
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