perverted play U


受話器から流れるオルゴールの音、此れは確か、随分と前に俺がキースにあげた物だ。宝石箱何だけど、生憎俺達は貴婦人みたく宝石は付けない。キースはタイピンかカフス釦を入れてた気がする。
「仕事は終わり?」
仕舞うって事は、そう為る。
「まあな、でも書類を纏める。」
「大変だなぁ。」
「御前は?」
「ヴィヴィアンと遊んでる。」
キースは今、自宅に帰れない状態。英吉利には居るが、互いの忙しさで二週間近く顔を見てない。酷い時は半年以上会えない事もあるから、二週間はまあ、普通。
一緒に住んで居るから、毎日顔を合わすのが当然と為り、普通の恋人同士なら「何よ二週間位…」と思われるだろう。
月一でしか会えない状態なら、二週間位何とも思わない。けれど、キースと出会って十年余り、毎日顔を見て居たら、二週間見ないってのは一寸寂しい物がある。出会った当初は顔見れば「ジーザス、死んじまえ」と叫んでは居たが…。
「ねえハニー?」
「何だ?ハニー。」
オルゴールの音は聞こえない、蓋を閉めたのだろう。
「今、其処に誰か居るかい?」
キースは無言に為る。
浮気を疑った訳では無く、キース一人なら“在る事”を提案し様と思っただけ。此れは恋人達にはかなり淫靡な事だ。
案の定キースは浮気調査と思い、「Alone」と声を漏らした。
「御心配無くヘンリー、其れ所じゃない。」
「違う違う、本当だよ?」
第一、浮気の最中なら俺だと判った瞬間、在の手此の手で電話を切る。こんなに長々と悠長に会話等しない。一度其れに遭遇した事あるから把握出来る(此の時の会話は「キース、聞きたい事あ…」「今か?今直ぐに答えを要するか?」「いや、そんな急ぎじゃ…」「だったら一時間後掛け直して呉れ、切るな」)。
なので心配は無い。
キースは本当に、一人な様だ。
「ねえキース。」
「んー?」
微かに通るグラスの中で揺れる氷の音、くぐもった声、如何やら晩酌中らしい。
キースは酒を飲み乍ら仕事が出来る。キースが酔った所、誰も見た事が無い。
「君って如何して酒飲み乍ら仕事出来るんだい。」
「ゴルフも出来るぞ。フェンシング…は危険だから流石には無い。」
そう云えば、酒に強い奴ってのはとことん強い。母さんは、ワイン一本開けた後でも平気で台本を暗記し、父さんは型紙を作って居た。酒に強い両親から生まれた筈なのに、何故俺は、ワイン三杯位で酔うんだろう。兄弟の中で弱いのは俺だけ、一番強いのは末弟。
毎日飲む、何て高等な芸は出来無い。翌日はどっぷり疲労感に浸り、仕事所では無い。酒を飲み乍ら仕事等、当然出来る訳無い。飲んで半年に一回、仕事の付き合いで飲む程度。
嫌いじゃない、飲んだ其の後が、嫌い何だ。
「ねえキース。」
「さっきから其れしか云ってないな。」
何だ?ハニー、くつくつ笑う声を聞いた。
「セックス、したく無い?」
「何時?」
「今。」
足元に居たヴィヴィアンがぴくりと耳動かし、団栗の眼で俺を見上げる。
「…如何遣って。」
キースもしたいらしい。聞いた声は熱を含み、俺の耳を濡らす。鼓膜からゆっくり犯され始めた俺は、静かに息を吐き捨て、キースの声に集中した。
「そうだな、何か…話して呉れるかい…?」
酒は飲んで居ない筈なのに顔は熱く為り、目眩を知る。
「何かって…」
キースの声みたく低く甘い倦怠感が鼓膜から足の付け根に落ちる。目の前にキースが居る様に、目を揺らした。
其の声が聞けるなら何だって良い、仕事の愚痴でも良い。
今は唯、キースを耳で感じて居たかった。
ヴィヴィアンの頭を撫でて居た手は自然と下腹部に向かい、俺が何をするか悟った彼女は御尻振々部屋に向かう。そうだ、此れはレイディに見せる物では無い。不快感を顕わにした彼女に、猥褻物陳列、痴漢、強制猥褻の罪で食い千切られるかも知れない。
男性諸君、レイディの前で下半身の露出は避けた方が良い。
特に牙を持つ肉食の前では、ね。
「そうなの。」
「嗚呼。」
二週間であった事をキースは話す。非常に詰まらない話だが、声を聞きたいだけだから問題無い。知った息遣い、すんなり俺を熱くさせる。
「キース…」
自然と吐く息は艶掛かり、喉を詰まらす息遣いを受話器から知った。
「ヘンリー…?何してるんだ…?」
「趣味をね、一寸。」
「御前、オナニーばかりしてると、馬鹿に為るぞ。」
「じゃあ、浮気ばかりしてたら傲慢に為るんだね。」
ふっと笑う息が、鼓膜を抜けた。
ぞくりと背中が仰け反る。下半身は色気が無い程興奮し、赤黒く熱り立ち、涎迄垂らして居た。其れがキースへの愛だと、下半身は勝手に主張する。
何時も思うが勃起したペニス、此れ程恐ろしい物は無い。悪魔に見える。俺は男で、当然生まれた時から見慣れて居るが、生娘のレイディには恐怖では無いのか。
此の悪魔が足の間から身体に進入する―――考えただけでも恐ろしいじゃないか。
キースは怖く無かったのだろうか。
第一、勃起したペニスも十二分に恐怖を与えるが、色欲に興奮した男程怖い物は無い。息は荒く目は血走り、そして一寸下を見ると此奴も涎垂らし反り返って居る。
双方で興奮し、何とも醜い。
処女が泣き乍ら寝室から逃げるのも頷ける。
俺だって、そんな状況に放り込まれたら逃げたく為る。
でも処女と俺が違うのは、俺はそんな男である、と云う事。恐怖を与える側だと云う事。
「其れで俺は?如何したら良い?」
「君もしたら?」
「考えとく。」
悪魔の唇から、涎が垂れる。ぬるりと涎は指先に絡み、悪魔は唸る。根元から情熱を身体に宿し、鉄の杭と為る。
キースの声に息と欲は荒がり、俺を快楽の沼に突き落とす。此処から抜け出す手段を知りたい。相変わらず単調な息遣い、其れでも興奮した。キースが冷静に為れば為る程、興奮の熱は身体を巡り、悪魔は唸る。
「君に見せて遣りたいよ、此の愛をね。」
「ん……」
頭に響いた熱い吐息、此れは良く知って居る。
「キース…嗚呼キース…。愛してる…」
「俺迄変態に為るじゃないか…」
脳裏に浮かび上がるキースの姿。在の部屋でプライドを纏った侭本性を出す、ベッドの上でと何が違うと云う。
堪らなくセクシー、堪らなく魅惑的、堪らなく俺を誘う。
赤く膨れた目元を窄め、濡れた瞳でちろりと俺を見るキースが、其処には居た。
愛し合うのに場所は関係無い、手や身体が繋がらずとも、心が繋がって居れば、其れはセックス―――失礼、メイク・ラブと為るだろう。
全く誰だい、セックスを“メイク・ラブ”とした奴は。人類至上最高の単語だ。
セックスは幾らでも出来る、でも、メイク・ラブは、そう簡単には出来無い代物だ。
唸った悪魔が吐き出した愛、通話料何か気にしない。セックスは金に換算出来るが、メイク・ラブは出来無い事を知った。




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