perverted play U


でも矢張り人間とは欲深い憐れな生き物で、目の前に愛する人間が居れば、唇を重ねて仕舞う。頭の中のキースでも満足するのに、目の前に居ればベッドに誘う。
「只今、ヘンリー。」
「あ、嗚呼、御帰り。」
一ヶ月見ないと、緊張した。帰宅した俺は、キッチンでサラダを作るキースを目にし、肩から鞄を落とした。
俺が後に帰宅したのに「I'm home,Henry.」「Welcome back,keith.」は良い。普通は逆だ。
「今日の夕食は?」
床に落ちた鞄は其の侭、鍵をソファに投げ、キッチンに立つキースの後ろに立った。
「御前、俺が居ない間、買物行って無いだろう。」
「外で済ますから。」
腰から回った手を濡れた手で握り、見詰め、鼻先擦り合わせキスをした。
「牛乳、見せて遣ろうか。」
「うわぁ、遠慮する…」
道理で冷蔵庫が臭い。本来なら届いた其の日に飲む牛乳、一ヶ月前に届いた日から放置された侭なのだから、想像もしたくない。翌日から届いたのは、きちんと飲んだ。
と云うのも牛乳は、新聞を取りに行ったキースがついでに冷蔵庫に入れるので、俺は完全に忘れて居た。翌日からの牛乳が消費されたのは、出掛けに気付いたから。
「卵は最悪、冷蔵庫自体が最悪。此れ、其の侭捨て様か。」
変な病気に為りそうだ、とサラダを攪拌した。
俎板に置かれたミニトマト、切られて居ないのが数個あったので一つ失敬した。
「行儀悪い。」
「ほら。」
突き出した其れを、キースは笑って咀嚼した。
「暇か?」
「まあ、暇。キースが構って呉れ無いから。」
「其処の鍋に蒸した笹身があるから、裂いて呉れ。サラダに入れる。」
云われた通り鍋の蓋を開けると、鶏肉が並んで居た。白く、味がなさそうに見える。
「笹身ってどれだい。」
「………座ってて良いぞ、ヘンリー。」
俺に料理を諦めたキースは手を食卓に流す。邪魔にしか為らないだろうが、やっぱり、傍に居たいのは当然だろう。
調理台にはスペースがある、俺は気付いて卵を持った。
「ヘンリー、何もしなくて良いぞ…?」
睨んで居る様にも捉えられる上目遣いで見られた。
「デザート作る。」
「…嗚呼。頼む。」
心底安堵したキース。英吉利料理は口に合わないキースだが、英吉利菓子が美味い事は知って居る。そして俺、菓子作りが得意と来る。
最高のディナーに為りそうだ。
キースは云って、サラダを作り終えた。
西班牙料理が並ぶ食卓。グラスに、少し黄色味掛かったワインが浸かって居る。肉と云ったら鶏肉しか無い、後は海の幸。
西班牙料理は、キースに良く似合いだ。
「英吉利人って、食に興味が無いのか?昔から思ってたが。」
「如何何だろう。」
「ローストビーフ、在れ、最初に作った奴は相当センスが無い。」
肉の塊を切りもせず火で炙る等、程度が知れる。独逸ですら腸詰めにしたり、燻ったりと拘るのに、俺達の先祖は、一体何を考え、肉の塊を侭焼こうとしたのだろうか。余程の面倒臭がりか、余程空腹だったかだろう。
唯一料理らしい料理が、フィッシュ・アンド・チップスとは全く情けない。西班牙料理を目の前にして、我が大英帝國の程度が知れた。
「英吉利料理で思い付くのって?」
「………無い。」
蛸のマリネを口に運び、キースは首を振る。
生まれた時は西班牙料理、ベイリー公の所に行った時からは仏蘭西料理。キースは、英吉利料理を良く把握して居ない。
「俺思うんだ、英吉利料理が不味い訳じゃ無くて、他の国が発展し過ぎ何だと。」
「だとしたら、英吉利は相当だな…」
仏蘭西、独逸、伊太利亜、西班牙、日本、中国………此の六ヶ国で一番不味いと云うなら独逸だろう。独逸には悪いが。然し、英吉利料理は、独逸料理を十だとしたら三も無い。仏蘭西と日本料理は、神の領域だ。あんな物、人間が作れる筈が無い。奴等は神専用の料理人に違いない。
抑英吉利料理、味が悪いだけならまあ許容範囲だが、見た目が最悪だ。英吉利人の俺が云うのも在れだが、盛れば乗せれば良いって物じゃない。在れは、食欲を無くす。
西班牙料理で味覚を整え、仏蘭西料理で視覚を整えたキースにとって英吉利料理とは、汚物以外の何物でも無いだろう。
実際、同じフィッシュ・アンド・チップスでも、俺が盛った皿とキースが盛った皿では、到底同じ物には見えなかった。一方はごみ箱に捨てられた残飯、一方はきちんとした料理、ミスターにも盛り付けをさせて見たが上品だった。
英吉利人は是非、料理の発展した国の人との結婚を。
見慣れた料理が全く違って見えますぞ。
「キースはさ、西班牙料理が一番好きなの?」
程良く味の付いた鶏肉を口に含み、キースの料理の腕を知った。此の鶏肉、唯蒸されて居る訳では無い、ハーブで蒸されて居る。
肉の味とハーブの匂いが、良く合う。
「好き…んー…食べ慣れた料理だから、作ると為ったら、自然と其の味に為るな。」
白ワインを飲み乍ら、首を傾げる。
「西班牙料理か伊太利亜料理か、と聞かれたら、俺は伊太利亜…かな。」
「美味しいよね、伊太利亜料理。」
「…食べた事あるのか?」
「グラタンって、伊太利亜料理だよね…?パスタ使っ…え…?」
食卓の皿は、奇麗に柄を見せる。
キースの作る料理は、西班牙料理なのだが、仏蘭西料理に近い盛り付けだ。皿の中央にちょこんと上品に鎮座し、見晒せと皿から溢れる英吉利料理の盛り付けとは雲泥の差だ。皿の数は食卓を埋める程あるのだが、量にしてみれば、英吉利料理の一皿分程だろう。
俺は腰を上げ、食器を重ねた。
奇麗に拭かれた食卓に紅茶とプディングを、乗せた。
「そうだよ英吉利…、何でティスタイルは完璧なのに料理に為ると破壊的何だ…」
「母国乍ら気に為るよねぇ…」
キースは掌で顔を塞ぎ、紅茶文化しか発展しない母国を呪って居る様だった。
「英吉利で美味しい物何て、紅茶と菓子しか無いじゃないか。」
「何処で間違ったんだろうな、先祖は。」
カラメルは苦くした。カスタードの甘味を抑えてカラメルを甘くする手法もあるが、カスタードは甘い方が良い。エスプレッソ並に苦いカラメルの方が作り易いから。時間も無かった事だし。
プディングは母の得意菓子で、母のはカラメルを甘くする方だった。嫌いでは無いが、疲れ切った時には、カラメルだけでは今一つ足りない。
だから俺は逆に作る。
一口、銀のスプーンで掬ったキースはにんまり笑う。
「ヘンリーの味だ。此れだ、此の味。」
帰って来た気がする、そう破顔したキースから、疲れが失せた事を知った。
最高のディナーの後には、大概最高の夜が待つ事、俺は知って居る。




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