夢と思い出


丸二日寝ていた。目覚めた時見たのは青い目だった。
「キース…?」
「御早う、ヘンリー。」
「此処…、あれ…?」
自分の部屋では無く、処置室に居た。疑問に思い、理由を聞いたけれどキースは答えてくれなかった。唯鼻で笑った。
ほら、と渡された皿。油の臭いが酷く、けれど吐き気を覚える物では無かった。懐かしい、其の臭い。目に浮かんだのはエプロン姿の母親だった。
「食べたいんだろう。嗚呼、でもな、作ったのは俺だから味の保証は無い。」
魚とポテトのフライ。
「有難う…」
「いいえ。」
俺は、治療の所為で食欲が無かった訳では無い。はっきりと判って居た、自分は拒食症だと。
フォークがあるのに俺は鷲掴んで、“其れ”を貪った。泣き乍ら、母親とキースの“愛情”を食べた。けれど俺は半分も食べれ無かった。キースは笑って許してくれたが、俺は如何しても食べたかった。
「無理するな。今迄食べて無かったんだ、此れだけ食べれば充分だ。」
でも俺は食べたかった。だって其れは、キースの愛情だから。そう思っても手は動かず、口の中が唾液に溢れた。飲み込もうにも飲み込む場所から愛情は迫り上がり、窒息しそうだった。
「ヘンリー?」
口端から唾液を垂らし全く動かない俺の異変にキースは気付き、背中を支えられると乱暴に口の中に指を突っ込まれた。顎が外れそうな程強く舌を押さえ開かれ、大量の唾液が溢れ出た。喉元迄唾液に濡れ、漸く俺は息が出来た。
呼吸を繰り返す俺にキースは安堵したらしく息を吐き、唾液に濡れた手を拭いた。
「偶に居るんだよ。」
俺は此の時、吐き気がしたのは食べ物の所為だと思って居たが、此れも立派な禁断症状らしい。
「吐き気が来ると唾液が出るだろう?でも吐く力、と云うか思考が無くて、窒息するんだ。昼間は俺達が監視してるから直ぐに気付くんだが、夜中にされたら最悪だな。」
「如何なるの…?」
キースは座り直し、新しいシャツを寄越した。
「死ぬさ、遅ければな。」
感情の無い真青な目にぞっとした。
愛情がある人間なのか全く無い人間なのか判らない。感情の無い、唯々澄んだ目で監視する。
「でもさ、指突っ込んだら危ないんじゃ無いのか…?」
「危ない?」
「噛まれたり、とか…」
唾液を吐くと云う思考力の無い人間が噛むとは思え無いが、いや、屹度本能で噛むかも知れないと聞いてみた。するとキースは驚きを見せ、口元を隠した。
「そうか…、危ないな…。気付か無かった。」
「一寸、しっかりしなよ。」
俺に云われたら御終いだ。
「必死だった。」
「へえ、キースでも必死になるんだ。御前等が死んでも厄介者が居なくなるだけで、寧ろ歓迎だ、とか思ってるのかと思ってた。」
其れは其れで正しいらしく、キースはゆっくり視線を逸らした。背中に手を添えた理由は、後ろに倒れるのを防ぐ為では無く、背中を叩き口を開かせる為。俺が指摘した通り、指を突っ込む事は、口内を傷付けた場合感染する恐れがある為禁止になっている。
此奴は良く規則を破る奴だな、此奴こそ隔離した方が良いのでは無いだろうかと感じた。




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