夢と思い出


ヘンリーは、凄い努力家何だと思う。年の割にはきちんと人生設計をして居た。少しはブラッドも見習えば良い。
今日は週に一度のカウンセリングの日で、けれどヘンリーは体調が悪そうだった。
珍しく海軍の上官が現れ、見た早々ヘンリーは、益々気分悪い、と悪態を吐いた。
「気分は如何だ?」
「最悪…。朝から吐きそう何だ…」
「そうか、其れは最悪だな。私も今日、朝から妻と喧嘩して来た。最悪同士話そう。」
「俺より最悪だ。花束を買って、跪いて謝罪すると良いですよ。」
上官は薄く笑い、アドバイス有難うと紅茶を飲んだ。
「ハロルド君は、女の子に持てそうだね。」
「何故?」
「先ず顔が奇麗だろう?そして紳士だ。」
「紳士、ねえ。」
ヘンリーは鼻で笑い、紅茶を飲んだ。角砂糖を積み上げ乍ら話し、一つ口に入れる。
「紳士は薬何かしないよ。」
上官は机を叩いて笑ったが、俺には何が面白いのか全く判らなかった。
「其の理論でゆくなら私は紳士だ。紛れも無い正当な、ね。」
其れを聞いて、笑えた。けれど必死に堪えた。
紳士の定義は、教養高く礼儀正しい気品溢るるヲノコ、となって居る。海軍の基盤は確かに其れだが、此の上官は掛け離れて居る。残念な事に。
「私もハロルド君みたいな顔に生まれたかった。」
「俺、嫌いじゃないですよ。貴方の顔。」
「妻がね、云うんだよ。貴方って素晴らしいけれど素晴らしく無いのは顔よね、顔が完璧なら完全無欠だわ、って。」
初めて、ヘンリーが声を出して笑うのを見た。余程面白いのか椅子を引き、腹を抱えて笑って居る。
「母さんでも其処迄云わない。」
「毒舌リンダより毒舌なのか…、私の妻は…」
「貴方って、靴だけは完璧よね、靴だけは。…詰まり、靴を造る以外は完璧じゃないんだよ。でも父さんは、笑ってたよ。」
「やっぱりリンダの方が毒舌だ。」
ヘンリーの母親は女優のリンダ・ヴォイド。英吉利で初めてバーレスショーを見せた元ダンサーで、其処から英吉利トップ女優に迄上り詰めた女優だ。がちがちに固めたコルセットと覗く白い肌は、聖女と娼婦が合わさった其れは素晴らしい神様からの贈り物、とブラッドが云っていた。生憎俺は、女優のリンダ・ヴォイドしか知らない。
上官は当然、其の時代のリンダ・ヴォイドを知り、又、神様からの贈り物に喜んで居た一人だ。
「もう一度、踊りたい?」
上官の言葉にヘンリーはびたりと笑うのを止め、上官を睨み付けて居る様な強い目で首を振った。
「俺が踊る理由は、リンダ・ヴォイドだったから。もう…踊る意味が無い。」
昨日、誌面一面にリンダ・ヴォイド引退の記事が載った。ヘンリーの体調が悪くなったのは其れからだ。
ヘンリーがダンサーだったのは報告で知っていたが詳しくは知らない。逮捕された時に作成された書類の職業欄にダンサーと書いてあり、母親と父親の名前も載って居た。表面上、紙面上だけのヘンリーは知って居るが、詳しくは知らない。
ヘンリーだけでは無く、此処に居る死体全て。
「ヘロインは、史上最強最悪の廃人生産道具だよ。コカインも。」
「一番好きなのは?」
「マリファナ。」
「だって、ベイリー。仲良くなれるんじゃないのか?」
上官に笑顔で云われたが、顔を逸らした。ヘンリーもヘンリーで嫌そうな顔を晒した。
「嫌だ、仲良く何かなりたく無い。」
「奇遇だな、俺もなりたく無い。俺を見る度、ヤらせろ、しか云わない奴。」
「ヤらせろ、色男。」
「又今度な。」
上官は一人で笑って居たが、俺は内心冷や冷やして居た。
ヘンリーが同性愛者なのは知れて居るが、俺がそうなのは隠し通して居る。隠せている筈だ。今でも海軍の肩書があるので、大丈夫であろう。
「ベイリーには美人な御相手が居るからね。美男美女の最強カップル。」
「へえ、既婚者?」
「違う。此の先も其れになる予定は無い。」
仮装で無い限り。そして上官が見たと云う美女、在れは姉だ。一緒に居るのを同僚に見られ、顔が全く似て居ない俺達は姉弟と思われ無かった。恋人?、と聞かれ、状況を全て把握して居る姉はすかさず笑顔で、ええ、と答え、詮索されまいと俺の頬にキスをして颯爽と消えた。リンダ・ヴォイドも真青の名演技だ。
「流石は西班牙人と云うか、はっきりとした美女でね。在の褐色肌はそそる。」
「そして情熱的。」
「ははん、云うな。自分も情熱的と?」
「勿論。」
笑って見せたが、ヘンリーの目に顔が引き攣り、一咳して黙った。
「キース、西班牙人なの?」
「母親が生粋の西班牙人で、父親が仏蘭西と英吉利の血だな。」
「だから恋人が西班牙人なの?」
「え?」
「英吉利の男は皆母親依存症だよ。」
当然俺も、とヘンリーは笑い、上官も挙手し笑ったが、俺は笑え無かった。笑える筈が無かった。引き攣る事は出来ても。
「一人位、父親依存症が居ても良い気がするけどな。俺は父親も大好きだけどね。」
「ハロルド君の父親は確か…」
「靴職人。」
嬉しそうに笑う。
ヘンリーの父親は靴職人で、ヘンリーの靴がこんな場所でも汚れていないのは其の理由。他の死体達は汚れた靴を履き、ルカに至っては裸足だ。一度靴を履かせたが数分後には裸足で走り回って居た。俺は施設長に何度も、縛ってでもルカに靴を履かせるべきだと抗議したか、ルカの靴の前に彼奴を如何にかしろ、と窓を指差し、俺は鳥だと喚き乍ら全裸で走り回る死体を指摘した。
今も走って居る。其の声はずっと部屋に筒抜け、時折ヘンリーは嫌そうな顔をする。
「…………在の全裸男。」
ヘンリーは話の途中で椅子から立ち上がり、俺は慌てて時計を見た。
ヘンリーが会話出来るのは五分。其れを二分越していた。
止めに入る前にヘンリーは窓を開け、打ち殺すぞ、と喚いた。
「俺は鳥だーっ」
「だから何だよっ、煩いんだよっ」
「ヘンリー、止めろ。」
事もあろうか全裸の鳥男は自分のナニをぶらぶら揺らし、ヘンリーを挑発し始めた。
「俺のdickにキスしろ、ハスラー風情が。」
「嗚呼、してやるよ。其処を動くなよ。」
後は想像した通りで、窓から飛び出したヘンリーは噛み千切る為に鳥男を追い掛け回した。上官は無表情で書類に数行記録しただけで、席を立った。
“ヘロインとコカインは彼を作る”“彼の今現在の職業、男娼”、そう新たに書き加えられた。




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