荊を踏んで、さあ歩け


「キースの調子は如何かな。」
「はい、旦那様。」
本当に此の方がキース様の父親であるのか、疑わしい。旦那様を疑う訳では無いが、彼は余りにも旦那様には似て居なかった。髪の色も、顔も、口調も、目の色だけは同じだった。なので、多分そう。
そう自分に言い聞かせた。
奥様はのんびりと食事を為さり、旦那様の話は一切聞いて居ない様子だった。時折ワインをグラスに注がせ、其の時でさえ声は無かった。
奥様にして見れば面白く無いのだ。
行き成り現れたキース様は、奥様には所詮他人。其れも自分と結婚する前に生まれていた子供等、興味の対象外。如何でも良く、取るに足らない存在なのだ。
御二人は御結婚為されて六年になるが、嫡子の兆しは全く無い。毎月奥様は、一週間程寝て居られる。
然し奥様も寛大でいらっしゃる。
普通なら断固として拒否をして良いのだが、奥様はキース様を迎え入れた。私の考えでは、キース様を嫡子として迎え入れる事で、此の問題から逃げられると御考えになったのでは無いか。キース様を正式に嫡子にして仕舞えば、自分の事だけ考えて隠居出来るのだ。
其れに此のキース様の問題は、御結婚為さる前に、半ば契約となって居た。
――僕には一人、子供が居る。六年、六年経って僕達の間に子供が生まれ無かったら、其の子を跡取りにするよ。良いね。
ゆったりと、然し絶対な口調で旦那様は云った。
六年。
キース様は今十二歳である。御結婚為された時から丁度倍の年になり、尚且十六歳には、継承披露会が行われる。ベイリー家は代々、十六歳になると他の貴族の方々に継承者を披露する習わしがあり、其の四年前から、詰まり今のキース様の年齢から指導が始まる。本格的な継承は、当主が没した時、或いは隠居を為さった時。其れ迄日は長いかも知れないが、大学を卒業したとなれば、一人の社交界人として存在する。なので、行き成り現れても困ると云う事で、家に依って披露する年齢はばらばらだが貴族の世界も中々に面倒臭いのだ。
「又縛り付けておいた方が宜しいかと。」
「はは。」
旦那様は笑い、口を拭った。
「所でエリザベス、キースを如何思う?」
「中々に良い顔何じゃ無くて?」
視線合わせる事無く奥様は云った。
「貴方の子ですもの、頭も良いのね。」
「バッカス、頭の方は如何かな。」
「さあ、口は大変悪ぅ御座居ます。」
旦那様は豪快に笑われたが、奥様は冷ややかに鼻で笑われた。
「所詮、平民よ。悪くて当然。」
「エリザベス、いけないよ。」
「あら、御免遊ばせ。」
気分を害したのか、奥様はナプキンを料理皿に投げ付けると席を立たれた。キース様も困るが、奥様も中々に困る方だ。
「寝て居ても、勉強は出来るね。」
云って旦那様は大量の語学書をテーブルに乗せ、席を立たれた。
「一年で、全ての言葉を覚えさせ為さい。応用は、数年あれば充分だ。」
一年、容易く仰るが五ヶ語はある。果たしてキース様に、為せるであろうか。此れは私の器量にも関わって居た。




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