荊を踏んで、さあ歩け
飯も食わない、勉強もしない、なのに文句だけは垂れる。糞を垂れないだけ痴呆の犬依りは幾分増しと、俺は母親から云われた。
「御早う御座居ます、キース様。」
「ん………」
中々云う事を聞かない俺に、何かを与えれば気分が和らぐのでは無いかと考えた父親が、何か欲しい物はあるかと聞いて来た。なので、猫と答えた。すると其の晩、シャム猫が来た。話は聞いた事あるが、靴下を履いた様な四足にときめいた。瞬間俺は骨抜きにされ、雌であったのでディアナと名付けた。此れで少しは、姉を感じれた。
俺の元に来て未だ四日だが、一緒に寝てくれる程懐いた。可愛いかった、堪らなく可愛いかったが、猫以下の適応加減に俺は虚しくなった。此の家に来て一ヶ月だが、未だ適応出来ず居る自分。然し、ディアナが“一緒に御飯を食べ様”と云うので、二日前から食事はし始めた。
精神に異常を来した訳では無い。本当に、そう云うんだ。其の青い目は。
バッカスの声に目を覚まし、背を向け、先にディアナを見た。
「何処かで御会いした天使かな…?嗚呼、ディアナか。天使かと思ったよ…俺の可愛い子…」
ディアナはくるくると喉を鳴らし、キスをした俺の顔に身体を擦り寄せた。
「御前は世界で一番可愛い…」
何度も其の愛しい身体にキスしたが、伸びた悪魔の手に取られた。
「レイディ、御早う御座居ます。御目覚の時間に御座居ますよ。キース様も、御起床下さい。」
ディアナは其の侭、ディアナ専用の椅子に座らされ、バッカスからブラッシングを受けて居た。
「嗚呼、レイディ。何て今日も愛らしい事でしょう。其の愛らしさにワタクシ、鼻血を噴射してしまいそうです。」
俺の教育係だったバッカスは、何故かディアナの世話係になって居た。俺がクラークから洋服を着せられるのと同じに、ディアナもバッカスからブラッシングと装飾品を付けられて居た。
「さあ、レイディ。本日は如何為さいますか。」
云って装飾品の並ぶ箱をディアナに見せる。そんな鼻の下を伸ばしに伸ばしたバッカスの哀れな姿を、哀れんだ目で見る俺。クラークはタイを選んで居た。
ディアナは決まって、水色の宝石を選んだ。自分の目の色と同じだからと思うが、猫は色をはっきりと判別出来無いと聞いた。赤と緑が、うっすら判別出来る程度と。なので偶然だと思うが、多分ディアナは頭が良い。バッカスは毎日宝石を指し、宝石の名前では無く色を云って居る。そして俺は毎日、御前の目は俺と同じ水色だな、と云って居る。
「嗚呼っ、愛らしいっ」
アクアマリンを付けたディアナは念入りに顔を洗い、バッカスの言葉は無視して居た。
「嗚呼っ、格好良いっ」
ディアナの支度過程を見て居る所為で忘れるが、俺もクラークに着替えさせられて居る。
嗚呼愛らしいと嗚呼格好良いは、決まって同じタイミングで、其れが一日の始まりだった。
朝は父親と母親、揃って家に居るが、俺は此の部屋以外で食事をした事が無い。顔を合わせるのが嫌で堪らない。
俺の時間は全て語学に費やした。朝八時から一時間毎に教師が入れ替り、昼を挟んで、三時迄勉強をした。
日本語、中国語、西班牙語、独逸語、和蘭語、其れを毎日した。二人の母国語である仏蘭西語はしなかった。理由は、簡単。二人は仏蘭西語で会話をする、俺に聞かれたくない事は。だから、俺に仏蘭西語は教えたくない。
ティタイムからが、俺の時間だった。夕食迄ディアナと遊び続け、寝る迄遊んだ。偶に思い出した時、クラークと遊ぶ。
父親は云う。ディアナは女神様だと。本当にそう思う。
俺は確かに、父親の跡を継ぐ筈だった。其の為に毎日語学を、経営学を、社交界を学び、披露迄された。きちんと世間に、継承者として認知された。なのに、なのに。
俺は四年間傍に居た母親に、殺意を抱いた。
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