愛故に


其の日は信じられない位眠かった。なので中将に見張りをさせ、俺はソファで寝て居た。窓から入る日の暖かさ、靡くカーテン、部屋を満たすラベンダーの香り、何も無いこんな午後は、天国に一番近い場所。
「ヘンリー…」
指を撫でられ、俺は薄く目を開けた。霞んだ視界に浮かぶダークヘアと青い目。
「ハニー…、駄目じゃない…。入って来たら…」
「在の中将、首にした方が良い。」
「彼が居ないと困るね…」
笑い乍らキスをし、ハニーの重さを感じた。顔中にハニーの唇の柔らかさを知り、ソファの上で絡み合うには狭い。けれど、気にせず足を絡めた。
「ハニー、愛してるよ…」
「ずっと、こうして居たい…。疲れた。」
ハニーは確かに、普段から甘えはするが、こうした弱音は余り吐かない。縋り付く様に俺を抱き締め、胸に頭を乗せる。一ヶ月程会って居ないだけで、こんなにも変わって仕舞う。此れが本当にハニーなのか疑わしく、眼鏡を掛け見ると、確かにハニーだった。
「シャギィかと思った。」
「もう煩い…」
煩いとハニーは繰り返し、頭を振る。擦り付けられた頭の所為で胸が痛いが、ハニーが此処迄弱くなる等そう無いので理由を聞いた。然し当然と云うか、云わない。予測は出来る、だから此れ以上何も聞きはしなかった。
天国に一番近い場所で、神様より高い位置に居るハニーを抱き締める。其処はどんな場所より、倖せ何だ。
「キース、愛してる…」
「もっと、云って…」
何かを消す様に、ハニーは何度も其の言葉を求めた。其の言葉以外聞きたくは無いと、言葉を繰り返すのと同じにキスも繰り返した。
駄目なのは、承知して居る。けれどハニーへの愛は、此の言葉の様に止められはしなかった。互いに身体を弄り合い、一層絡み合う足に息を絡ませ合った。
息遣いに混ざるハニーの喘ぎ声。ラベンダーの香りに混ざる海の匂い。ソファに押し沈めたハニーからは、気に入らない、此の場所には相応しく無い匂いがした。
タイを外し、ジャケットに掛けた手を止めた。
海に混ざる、人工的な匂い。
少し、本当に少しだけ、香った。
「此の匂い…」
ジャケットに鼻先を付けた俺に、ハニーの顔色は、空の様に変わった。
「ヘンリー…」
「言い訳は、聞かない。」
さっと引いた、俺の気持。
ソファから離れ、ハニーを其の侭に背を向けた。乱れた髪を整える為に一度解き、其の匂いの前では結ぶのが億劫で、ドアーに手を伸ばした。
「ヘンリー、あのな…」
「アドミラルの御帰りだ。」
解けたタイを結び直す事もせずハニーは俺に近付き、解けた俺の髪とハニーの無いタイと、不自然に開けたジャケットに、中将は驚いた顔を見せた。
「マーシャル…?」
「御帰りだ。さっさと、此の汚い男を連れてくれ。」
無理矢理ドアーの外に押し出し、其の時でも香るムスク。
「ヘンリー、此れは。」
違う、と云い掛けたハニーの頬を叩き、此処が本当は何処なのか、そんな場所の事等頭の何処にも無かった。
「一度なら、俺は何も云わないさ。けどキース、同じ相手に二回、此れは酷いんじゃない?」
「ヘ…」
「失せろ。」
天国に一番近い場所は、云い変えると、唯の地獄だった。




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