同じ名前


「御前、年幾つだ。」
在る日、青空は俺を見、云った。
「さあ。ロンドンに来たのは17の時だよ。何歳だろう。クリスマスは2回したよ。」
「と云う事は19か。若いな。御前が施設で喚いている間にクリスマスとニューイヤーは過ぎた。」
「へえそう…。俺、誕生日来たのかな…。今日、何日?」
「もう直ぐ、2月だ。」
「うっそ…。俺、20に為ってる。」
俺も驚いたが男も驚き、おめでとう、そう云った。
「貴方幾つ。」
「24。」
「おっさん…」
「煩い。」
此の男が俺の目に光を当てる事はもうしなくなった。太陽を見ても俺は眩しいと感じる様になった。
俺は、毎日の様に此の男に会うけれど、名前なんて知らなかった。
「ベイリー。」
偶に聞く声に、俺は反応した。そして男も。
「…いや、御前じゃない。」
其の声は少佐の物で、男は敬礼すると席から立ち、代わりに少佐が其の席に座った。
「同じ名前とは皮肉だな。ベイリー。」
少佐は俺と男を交互に見、何故か鼻で笑い、其れが癪に触った。
濁りを少しづつ無くす俺の海に、青空が映る。覗き込む様に男は顔を寄せ、俺は一瞬キスをされるのでは無いかと勘違いした。
「俺の名前は、キース・ハロルド=ウィリアム・ベイリーだ。同じだな?ハリー?」
男は片眉上げサディスティックに笑った。
「…ヘンリー。ハリーは嫌。」
ハロルドだからハリーでも間違いは無いのだが、ハリーと呼ばれると急かされている気分で良いとは云えない。
「という訳ですのでサー。此れから私達が一緒にいる時、彼の事はハリーと呼んで下さい。」
「ヘンリー。ヘンリーですよっ、サー。」
「了解した。ハリー。」
未だ云うかと俺は机を叩き抗議したが、此のサディスト達を喜ばせる結果に為った。
絶対返事をしないと剥れる俺に男は笑い、優しく頭を撫でた。
「又明日な、ヘンリー。」
くしゃくしゃと動く手。其の手と青空に俺は、途轍もない心地良さを知った。此の浮遊感は、幼い頃庭のプールで無心に浮いて居る感覚に似ていた。其の時何時も、目の前に真青な空があった。
「ねえ…」
「ん?」
真っ直ぐに伸びる背筋。
「身長何cm?」
「…183cm。其れが如何かしたか。」
俺が此の男に惚れたのは、当然だと思った。
青空は少し細まり、口が動いた。
「俺は緑の目と色素の薄い髪に弱いらしい。」
だったら俺は、色素の濃い髪に弱いらしい。ジョルジュと此の男の毛色は、良く似ていた。




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