愛故に U
蓄音機からは、何が流れて居るのかは良く判らない。ゆったりとした静かな旋律で、でもワルツだと云うのだけは判った。
「ハニー、踊ろう。」
「ワルツなら踊れる。」
バッカスに嫌と云う程叩き込まれたと、キースは云う。
然し問題がある。俺達は男側のステップしか判らず、てんでんばらばらのステップで、足が重なる。
「踏むな。」
「踏んでない。」
此れがワルツ等到底云える筈は無く、適当に踊った。キースに身体を預け、身体を揺らす。背中にキースの鼓動が伝わり、互いの鼓動は絡み、俺の体内で新しい旋律を奏でる。其の時俺は、昔の自分と出会った気がした。
「愛してる、キース。」
そしてキスをした。静かに聞こえるノック音にキスをした侭ドアーを開けた。俺達はシャギィを一瞥し、視線を合わせると少し笑い、唇を離した。身体は離さず、俺は其の侭キースに凭れ、キースは重ねて居た手を離し其の侭腰に回した。
「其処に置いて。」
「はい。」
俺達を見る事無くシャギィは云われたチェストにトレイ毎置いた。
頭を下げ、部屋から出様としたシャギィに足を伸ばし、真後ろにあるドアーを閉めた。
「ハロルド様…?」
「ハロルド様だって、キース。」
もう一度キスをし、視線を逸らすシャギィを眺めた。キースの唇が耳に触れ、首筋に流れる。
「シャギィ。」
「はい。」
「レモネード、飲ませてくれるか?」
俺達を見ず、レモネードの入るコップをハンカチで掴み、ストロー先を俺の口元に置いた。
「甘い。」
「済みません…」
「俺は嫌いだけど、キースは好きそう。」
一気に半分吸い、寄ったキースの口に全部流し込んだ。
「嗚呼、確かに俺好みだ。」
「俺は、俺にレモネードを持って来てって云ったの。キースにじゃない。元帥様の好みに合わせた…?」
「違います…」
眉を上げ意地悪く笑う俺に、シャギィは目を伏せた侭首を振る。
「君の主人は、俺だよ。」
「はい。仰る通りで。」
「主人の好みが判らぬとは、此れ如何に。貴様は頭が足らぬのか。」
陛下の口調を真似た。瞬間シャギィはさっと血の気を引かし、かたかたと肩を揺らし始めた。
陛下は、俺の母さんに瓜二つだ。いや、母さんが、陛下と瓜二つと云うべきであろう。表現は何方でも良いが、俺は兎に角、リンダ・ヴォイドに似て居ると云う事。
「其処に座れ、シャギィ・アギレラ・クルス。」
然も悪い事に、陛下の声は凄く低い。母さんも低いが、陛下は態々低く出して居る。元の声が少女の様に高い為、其の侭話すと頭の弱い哀れな一国の主に思われる。御調子改め遊ばしMy lady、と側近に云われ、聞き取れる範囲迄声を低くした。
俺が少し声のトーンを落とすと、此の仄暗さの中では“My lady”が目の前に居る錯覚。キースですら憤慨した陛下は、恐怖で眠れない程怖い。そう滅多に拝謁する事の無いシャギィは、底知れぬ恐怖であろう。
「御…御許しを…」
「度重なる不逞、貴様如何思う。」
ベッドに座り、恐縮し肩を揺らすシャギィは、兎みたいだった。
「何と御詫び申して宜しいのか…」
シャギィの余りな怯え様に俺は笑いが我慢出来無い。キースだってそう。ずっと、腰に回る腕が震えて居る。其れに、陛下の真似をすると、俺は何故か何時も笑う。
「キース。」
横に行けと、視線を向けた。本当にするのかと、口だけ動かし見せるが、俺は無言で顎を向けた。渋々キースは動き、シャギィの前に立つと、項垂れる頭を無理矢理自分に向かせた。
「御前には、今から罰を与える。」
「Punishment...?」
キースの身体から少し覗くシャギィの顔は、月明かりの中では青白く見えた。
「ヘンリーの望む侭、指示の侭、一切触れる事無く悦ばせろ。」
触れた時、御前は首だ。
路頭に迷えと、キースは荒く手を離した。反動でシャギィはベッドに倒れ、乱れたシーツを凝視した。
「詰まり其れは…」
「そう、此れが罰。」
身体を斜めに上げたシャギィに、俺は乗り、両手首を掴んだ。
「此の手は、俺に触れたら駄目。」
微かに開く手に指先を滑らせ、強く重ね、唇を塞いだ。漏れたシャギィの息に俺はキースを見、離れた手をキースは固定した。腕を頭上で固定され、頬に流れる俺の指にシャギィは強張った。
「ヘンリー…?」
「御仕置きですよ、シャギィ様。」
喉の奥で笑い、青白い頬を舐め上げた。目尻を通り、一度頭にキスをし、其の侭キースに顔を向けた。シャギィの真上で俺達は互いの唇を貪り、傷付いた目でシャギィは其れを凝視した。
手首を掴んで居たキースは離し、俺の頬を触り、シャツの釦を外して行った。俺はキースの唇を貪り乍ら、シャギィの首筋を撫でた。
きちんと締められたタイ、皺一つ無い糊の張ったジャケット、真直ぐ折目の付くスラックス。
キースから口を離した俺は、ふっと横を向いた。
並ぶ二つの軍服。其のネイビー色に俺は視線を向け、キースを見た。
意味が判ったキースは強く首を振る。
「ふざけるなよ。」
「ふざけてないよ。」
「在れは俺のだぞ。」
俺達にとって軍服は、何依りも大事な物。其れを使用人に着せ様とするのだから、人一倍プライド高く、元帥として誇りを持つキースは首を振り続けた。
「マットに冗談で着せるのとは違うんだぞ。」
「夢を、叶えてやろうよ。」
夢、と云う言葉にキースは動揺を見せた。誰依りも夢を叶えたかった俺。夢が崩れた俺から出る“夢”と云う言葉は、キースに恐怖を抱かせる。
海軍元帥になりたかったシャギィ。ポストキースと迄云われて居たのなら尚更、自ら其の夢を断ち切ったシャギィの心は、痛い程判った。夢等一度も持った事無く、流される様に生きて来たキースには、其の絶望がどんな物か判らないだろう。
「今日、だけだぞ…」
キースのプライドが傷付くのと、夢が消えた絶望、何方がより深いのか、俺は考えて居た。
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