ジキルとハイドと海と空


軍艦に設置されているタブであるのは判って居たが、此れは男二人で入る物では無い。抑、シャワーを浴びる為だけの受け皿なのだから、浸かろうと思う方が間違いであった。湯は張ったもの、二人揃って浸かる事は不可能。ハロルド一人でも窮屈を感じるのに、キースが浸かるスペースは何処にも無かった。
仕方無く二人は交代に浸かった。
ハロルドが浸かって居る時は、タブから出した頭をキースが洗った。キースが浸かって居る時は何故か、ハロルドはキースの頭は洗って遣らず、自分の身体を洗って居た。
不思議に思うかも知れないが、ハロルドには此れが面白く、「まるで日本の御風呂みたいだね」と存分に、タブの外で身体を洗う楽しみを感じて居た。
軍艦である為バスルームに絨毯は無く、床に水を流せば其の侭排水されるのである。
全く日本の風呂と同じ仕様のバスルームに楽しんで居るのはハロルド一人で、キースは段々と冷えていく体温を感じた。
「琥珀、苦労するんじゃ無いかな。」
「何が?」
琥珀の苦労より、冷える体温を心配して欲しいとキースは願ったが、ハロルドには全く伝わらなかった。
「日本と英吉利って、風呂の入り方全然違うだろう?」
「嗚呼。琥珀なら癖で、タブ外でやりそうだな…」
此れが真面な家庭に育ち、日本で暮らして居たのならバスルームを見た瞬間思い出すであろうが、生憎琥珀は粗悪に生活して居た。其れを証明するかの様に、修道院のバスルームを見た時琥珀は、タブが一体何であるか理解出来無かったと云う。そうと云うのも、琥珀の過ごした家には、風呂其の物が無かった。母親や女達は外で風呂を済ませる為、必要無かったのだ。
マシューは逆に、タブに強い恐怖心を抱いて居る。ヒステリックを起こした母親は、決まってマシューを水の張ったタブに突っ込んだ。そして絨毯を濡らしたと折檻を繰り返し受け、何時間もバスルームに閉じ込められた。
なのでマシューは、バスルームも風呂も大嫌いである。
琥珀は養子先である風呂文化の発展した日本で風呂の楽しさを覚えた為、結果、マシューとは違う理由でバスルームに篭る娘に為ってしまった。
二人の、余りにも非道な過去を思い出したハロルドは、涙を隠す様にタブから湯を掬い、頭から被った。其処で漸く、キースが水同然の湯に浸かって居る事を知った。
「キース…、寒くないかい…?」
「寒いよ…っ」
「早く云えば良いのに…」
そうハロルドは云うが、云ったら云ったで、俺が楽しんで居るのに云々の嫌味を受ける。此れはある種の虐待では無いか、キースは思うのだが、固く口と膝を閉じるのであった。こう為れば自宅のバスルームを完璧に、完全な日本形式にしてやろうとさえ、楽しむハロルドを見て思う。
「思うが日本の風呂は、何であんなに水を使うんだ?タンクから無くなるぞ…」
「馬鹿だなキース。日本の風呂は焚いてるんだよ。タンクに給った御湯を使ってるんじゃ無いんだよ。」
「焚くって…?」
「下から。人間を茹でるんだね。」
聞いたキースは非常に面倒臭い事を知り、バスルーム日本化計画は断念した。キースが其の係に為る事、はっきりと判った。
最後に一度二人は、タブ一杯並々湯を注ぎ、無理矢理入った。溢れる水が面白く、
「肩迄浸かって、二十数えるのよー」
と云うハロルドの言葉に
「はい、御母様」
とキースは返し、
「其処は“ママ”でしょう…」
「癖だ…」
狭いバスルームに笑い声は大きく反響した。




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