ライオンとハイエナ


暫く帰らない、とキースは朝方家を出た。
勿論仕事で。
キースの馬鹿野郎が暫く居ないと思うとウキウキする、とシャギィは云う。俺も少なからずウキウキした、マシューは何も思って居なかった。落胆したのはクラーク一人と、何とも可哀相なキースである。犬の世話以外する事の無いクラークは暇で暇で、かと云ってベイリー公の元に、シャギィ一人置いて、行ける訳は無い。
シャギィ、使用人としては恐ろしく役に立たない。散らかす事だけは得意である。
そんなシャギィを何故置くかと云うと、マシューが懐いたからに過ぎない。間違っても俺の愛人だからでは無い、マシューの兄として置いて居る。
「女六人の家、ねえ。」
夕食後、シャギィは云った。
「どっちが最悪かな。」
マシューは聞く。会話をし乍ら良くメモリーズが出来るなと、二人の器用さに感心した。
「こっち。」
「何で?大好きなダンが居るよ。俺も居る。」
「大嫌いなキースが居るから。」
シャギィの言葉に笑いが漏れた。そして、今の状況なら断然こっち、とも続けた。
其の二日後だった。
クラークとシャギィは、マシューを迎える代わりにレイラを迎え入れた。キースが居ない今しか出来無い、マシューをレイラの家に、レイラを此の家に、二人は一週間家を交換した。
マシュー、其れは喜んだが、生憎レイラの家に居るのは魔女みたいな祖母と少し意地悪な叔母、女版バッカスさんみたいな使用人、母親が奇麗であるのともう一人の使用人が二十代前半と若いのが救いだった。初日の電話で、「家に女が居るって凄い」「匂いが違う、植物園みたいな匂い」と興奮して居た。ならば我が家は動物園と云いたいのだろうか。
さて、此方側に来たレイラ。其の日は日曜で、俺は家に居た。御令嬢、尚且、男の館に来るのだから、てっきり母親が偵察序でに送って来るのかと思ったが一人で来た。
「今日は。一週間、御世話に為ります。」
そう、アンティークドールの様なレイラは頭を下げた。ふわふわと揺れるスカートは、此の家には無い刺激だった。
「Welcome back,lady.My name is Clark.」
「Wow... Nice guy... I'm Layla.!Wow!」
「Really do? Thank you very so much,lady.」
レイラはソファに座る迄に三回「わあお」を繰り返した。男に迎え入れられる等人生で初めてのレイラは興奮頻り、玄関に洒落たトランクをすっかり忘れて居た。そして俺も忘れて居た、此の家には一寸抜けた使用人が居る事を。
買物から帰宅した荷物で顔を隠すシャギィは案の定、玄関にトランクがある等想定して居ない為、見事持ち主に渡した。其れはもう滑らかに滑った。
「あれ?何か蹴飛ばした?ヴィヴィアン様じゃありません様に…」
犬とトランクの違い位判りそうだが、玄関先に居座る物体イコール犬と認識して居る。
「シャギィ…」
「クラークさん、手伝って…。見えない…」
呆れたクラークが、視界を塞ぐ荷物を取った瞬間、シャギィは抱えて居た荷物を床に落とした。床に転がる野菜を、レイラは眺めて居た。
「....!Wow!」
ソファに座るレイラに奇声を上げた。
「凄く可愛いっ、誰っ」
此の摩訶不思議な生き物を、レイラはぽかんと見上げた。使用人にしては余りに粗悪な為、レイラはシャギィを使用人と認識出来ず居た。
「シャギィ。」
流石は在のベイリー公が寄越すだけの人物、武道も極めて居た。テコンドーだったかカンフーだったかカラテだったか、良くは覚えて居ないが。
「息が…出来無い…」
脆くも横腹に食らったシャギィは起き上がれず、笑って居るのか泣いて居るのか将又唯噎せて居るのか、全く判らない呼吸を繰り返した。
「這い蹲った侭、レイラ様に無礼を詫び為さい。其の無様な姿、実に良く御似合いだ。キース様に御見せしたい程にね。」
せせら笑う顔は、バッカスさんに良く似て居た。
「嗚呼、レイラ様か…」
何回か会った事はあるだろうに、シャギィは覚えて居なかった。海軍は、記憶力欠如集団なのだろうか、謎だ。
「そう、レイラ。貴方はシャギィね?マシューが何時も話してる。其れに何回か会った事あるよ?本当に使用人だったんだ。」
可愛い女の子の笑顔程眩しい物は無い様思う。
差し出された小さな手、掬ったシャギィは其の侭奇麗に色付く指先にキスをした。其れは俺達が陛下にする様な挨拶だった。
「何なりと御命令を、マイ レイディ。」
西班牙の太陽の元で育った人間は危険だ、其れは俺が良く知って居る。其の気の無い人間に、容易く情熱を教える。其の熱は誤解と官能で出来て居る。
レイラは一言「こんな生活を夢見てた」と、シャギィの熱に遣られた。
家に女の子が居ると矢張り違うなと、後ろから見て居た俺は、少し口元が緩んで居た。だって余りにも可愛い。女っ気が少しでも出る様にと、飼育する犬は大半が雌だが、本物には敵わない。両腕一杯の花束を貰った気分だった。
「いらっしゃい、レイラ。」
「ヘンリー。」
シャギィの熱に染まる頬を見せ、然し羞恥もあるのか、其れを隠す様に掴まれる手を振り解き、俺に伸ばした。
「一週間、宜しくね。」
「女の子の扱いは不慣れだけど、頑張るよ。」
大きな花束、レイラを両腕に抱き、揺れた髪は散った花弁みたいだった。
花は強く抱き締めたらいけない。
頭では理解して居ても、いざ実行に移すと為ったら難しかった。加減が判らず、マシューやキースを抱き締める力で遣って仕舞い、恐怖が背中を走った。
「吃驚した…、男の人って、力あるんだ…」
レイラも同じだった。母親とハグする感覚で抱き付いたら、思った以上の力が返って来たのだから無理も無い。
「御免…、女の子って、柔らかいんだね…。吃驚した…」
頼り無いと云うか、クッションを抱き締めた気分だった。
「骨、折れて無いかい…?」
「肩が思い切り頬骨に当たった…、整形する理由が出来たかも…」
シャギィの所為で赤く為って居た両頬は、俺の所為で片頬だけ赤く為った。
そんな俺をシャギィはニヤニヤと眺め、何故かクラークも同じ顔をする。
「ハロルド様も、ねえ…?」
「女性の扱いも、覚えて頂きませんと、ねえ…?」
「マイ ロード?教えて差し上げましょうか?」
クラークに云われるのなら良いが、シャギィに云われたのには腹が立った。其処迄云うのなら、だったら見せてみろ、と云った俺に、シャギィは厭らしい笑みを向けた。レイラの片手を掴むと胸に置き、もう片方の手で包む様に肩を掴むと、自然とレイラの足は一歩動いた。ふんわりと、と云う表現が此れ程似合う動作は無かった。
「引き寄せるんじゃ無くて、支えるの。そうしたら身体は勝手にこっちに来るから。此の侭ステップが踏める。」
すると言葉通り、二歩下がったシャギィに付いて行くレイラの姿があった。
「シャギィ、其れ、何処で覚えたの?」
「御忘れかも知れ無いけどローザ様、元海軍将校だよ、俺。ワルツは必須何だよ…海軍は…」
さらりと云うが、其の海軍の頂点に居る男は、糞の役にも立たないステップしか踏めない。女の扱い所か、陛下の扱いさえ為って居ない。寝室では如何だか知らないが。
「シャギィ、海軍だったの?」
腕の中でレイラは聞く。
「そうだよ。」
「ローザ様の愛人の地位と引き換えに、海軍辞めたの?」
子供と云うのは、本質をずばりと云う。マシューがシャギィの事を如何レイラに伝えて居るかは知らないが、冗談で“シャギィって使用人はローザ様の愛人”“愛人が使用人に為ってるだけ”“堂々と傍に居られるからね”と云ったのだろう。
「うーん…、そう、思って貰った方が、楽かな…?」
「ふぅん。」
少し困惑するシャギィとは反対に、レイラは艶を蓄え、俺を見据えた。強烈な艶で、何故此れにマシューが落ちないのか理解不能だった。
「私がシャギィなら、キースを引き摺り下ろして、キースを愛人にするけどな。」
野心を秘めた色気、レイラは捕食側の人間なのだと知った。




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