ライオンとハイエナ


「此処って、ドッグシェルターか何かなの?」
庭に出たレイラは聞いた。ヴィヴィアンを筆頭に、庭に居た犬全てが一斉に此方に向いた。ドギーも含め数十頭居る犬の目は、レイラで無くとも恐怖を覚える。俺だって驚いた。普段はヴィヴィアンを見乍ら、漠然と他の犬の存在を感じるだけで、こうも一斉に見られる事は無い。いや、見て居るのだろうが、生憎俺はヴィヴィアンにしか注意向けて居ない為他に気付いて居ないだけ。ヴィヴィアンに挨拶を済ますと、俺は決まってテイラーを呼ぶ、そして其の侭出掛ける。
「あれ、キングは?」
群れの一番不細工、キースの愛犬キングが居ない事に気付いた。あんな不細工、居たら直ぐに判る、けれど何処にも居なかった。
フレンチブルドック、不細工過ぎる。けれどキースは「可愛いじゃないか」と云う。「何処等辺が?」と聞くと「耳が無駄に大きい所」と返した、詰まり其れは遠回しに“俺に似てる”と云う事。
不愉快極まり無い。
フレンチって所も不愉快極まり無い。
俺はブリティッシュなのに。
如何でも良い話何だけれど、ブリティッシュコッカースパニエルのグラスも居る。此れはキースが飼いたいって云ったから。でも全然面倒は見て無くて、何時もモップみたいに為ってる。其の長い毛に、良くキングが絡まってる。飼い主に似て、馬鹿だなと思う。
「キース様が居ない事、御忘れですか?」
クラークに云われ、キースも居ない事を思い出した。
在の不細工キングは、キースが軍艦に乗る時必ず一緒に行く。
キングが居ないとは良い、彼奴は何時も涎を垂らす。そう、其の涎の所為で何時もグラスに絡まってる。キースの犬だけど、名前は俺が付けた。芒みたいだったから、グラス。稲さんです、宜しく。
レイラはそんな稲さんが気に入ったらしく、可愛いと頭を撫でた。他の犬には目も呉れず、一番奥に居たグラスをレイラは見付けた。其処で知った、グラスの本当の飼い主を。レイラを見詰めるグラスの目も、主人を見る目をして居た。キースを見る時は、と云うか、キースは見て貰えて居なかった。
だから俺は、グラスの飼い主はレイラだと思った。
「欲しいなら、あげるよ?」
「本当っ?」
「うん。」
ドッグシェルターは強ち間違いじゃない。気に入った犬が居れば俺はあげた。此処に居る犬はヴィヴィアンもそう、皆行き場を無くした子達だった。人間はマシュー一人で一杯一杯、だから犬位は助けたかった。其れで若し、欲しいと云う人が現れたら進んで提供した。
「躾はちゃんとしてるよ。」
「有難う。」
グラスを抱いたレイラは嬉しそうに笑い、犬を飼うのも夢だったと云った。
「ヘンリーって凄いね。」
「凄いって?」
「私の夢、全部叶えちゃうから。」
女の居ない家に住んでみたい、男の使用人を従えたい、少し大人の恋がしたい、犬が欲しい。
「そう?」
「うん。」
グラスを顔に付けた侭レイラは笑った。
グラスは子犬では無い、成犬である為、レイラは長時間持てず床に下ろした。何時もは決まって群れの奥に居たのに、きちんとレイラに添って居た。其れに驚いた。
グラスには親友が居る。同じ様に、いや其れ以上にモップと化する、和蘭大好きのブービェ・デ・フランダースのコットン=キャンディ。名前の由来は其の侭、日本で見た綿飴に似て居たから。
「レイラ、一つだけ御願いがあるんだ。」
鼻を近付ける二匹を見た侭云った。
「何?」
「グラスとCCは凄く仲良し何だ。」
其の言葉だけで判ったのか、レイラはCCの頭を撫でると、「あんたも一緒に来る?」と冗談を云った。
「一週間に一度会わせるね。」
「有難う、CCも喜ぶよ。」
そんな会話を、主人の居ないリスキーは欠伸し乍ら聞いて居た。
「そうだ、リスキー。」
――何?
「君、マットの所に居なくて良いのかい?」
――何が?
信じられないかも知れないがリスキー、マシューが居ない事に気付いて居なかった。一週間、君の主人は居ないよ、と云うと、冗談じゃない、と云う顔をされた。
――マスターが居ないって?聞いて無いよっ
「嗚呼やっぱり。」
キースですらキングを連れて搭乗すると云うのに、マシューは伝えてさえ居なかった。
「如何する?マットの所行く?」
――…良いや。
「薄情な犬だね。」
――マスターに似てね。
すっかり臍を曲げたリスキーはテイラーとヴィヴィアンから慰みを貰い、息子であるリスキージュニアの身体を舐めた。因みにリスキー二世を産んだのはヴィヴィアン、ヒエラルキ最高位に居る彼女に産ませたリスキーは、かなり強かである。後から来た筈のリスキーだが、キングより威張り臭って居た。
テイラーは正直、複雑だと思う。だってテイラーはリスキーを愛してた。だけどリスキーは、だっせぇ模様、と相手にしなかった。母親同然に慕うヴィヴィアンは惚れた男の子供を産み、此れが因果か、生まれた二世はだっせぇ斑模様だった。茶色と白色の子供なのだから考えたら判りそうな物だが、リスキーは其処迄考えて居なかった。
「此の家、飽きないね。」
犬が沢山居るからねと俺は云ったが、そうじゃないと云われた。レイラは一言、愛が沢山あるね、そう云った。




*prev|3/5|next#
T-ss