田舎事情


在れは私が十二歳位の頃では無かったでしょうか。悪友の謙太、光大と遊び回って居た夏の事です。其の日も相変わらずで、醜女妖怪から恭子奪回(けれどまあ、二三歳の子供等大人から見れば仕事の邪魔に為るので嫌がらせには為らないが)、四人で川に行きました。
山の神の恵と云いましょうか、大変透明度の高い水で小魚何ぞおります。運動神経だけは良い光大は捕るのが上手く、そして私は一寸残虐性秘めた危ない子供でしたから、生け捕られた魚を川原で、適当な大きさの石でガンガン潰して居ました。
今考えると、かなり気持悪い子供です。
謙太はげぇげぇと奇妙な唸り声を上げ、何がおもろいねん、と泳いで居ます。
二時間程遊んだ頃でしょうか、ふっと、恭子が居ない事に気付いたのです。一寸前には「やくにぃ」を連呼し、私も答えて居ました。なので“行き成り”消えたのです。
「あれ、恭子は。」
「はえ?」
誰一人恭子に注意せず、各々の遊びに夢中で、気付いた時には蒼褪めました。
此れはいかん。
恭子を山の神に返還したと為ると私は、妖怪からしこたま殴られる。いや、殴られ許されるなら良い、私は罪悪感に一生苛まれる。
「うわあ、恭子っ」
魚の生ゴミ放置し、私は恭子を探しました。あんなちっこい子供です、茂みに隠れます。がたがた震え乍ら探しておりました。水に入れないのが良かった、若し此れで恭子が水に入る事に抵抗無い子供だったら絶望的でした。
「恭子、恭子何処やっ」
三手に別れ探しておりますと、川から少し離れた場所に背中はありました。背の高い草と大木に囲まれた場所を、恭子はじっと見て居ました。
「恭子。」
「あ、やくにぃ。」
「吃驚さすな…」
「ねぇねぇ、何よぅ。」
恭子の小さな手が茂みを指し、ちょいと覗くと蠢いて居た、茣蓙を敷いた上で人間が。
どぐん、と心臓が鳴り、ぶわりと背中が湿りました。
其の時初めて、男女の其れを、私は見たのです。
「恭子…」
「何してん。ずっと見てるん。」
「あかん…」
口は勝手にそう動くのに、目はしっかりと蠢く肉の塊を捉えて居ました。
青い草、女の白い肌、目の覚める程強烈な色を見せる赤い浴衣、細部を知る程胃が熱く為りました。ぐにゅり、と胃が一度動き、熱い何かが競り上がって来ました。先程見た魚の臓物の様な、ぬめぬめと光る男の舌を見た瞬間、私は素早く後退し川に向かって吐き出しました。
「う、え………」
何だ、何なんだ、在れは…。
生臭く濁る水に更為る不快感を覚え、けれど吐き出す物は無く必死に唾を出しました。かさかさと恭子が近付き、私の異変に気付いたのか今度は恭子が、謙太達を探しに行きました。
「やぁくにぃ、たぁーへん。」
愛らし恭子の声とは逆の、悍ましい光景が水面に映る。
雷雲が渦巻く様に私の頭で映像が回る。視界迄回り始め、終に私は川に頭を突っ込んで仕舞ったのです、無意識に。
「こら大変やな。」
恭子に見付けられた…在の腕の太さは光大…の声が、蠢く男女に重なった。本の微かに。何度も顔面ひっ叩かれ、痛さに意識がはっきりしました。
「…何やねん…」
「心配したや無いか。」
「何をしとんねん。」
恭子を探して居た筈が、何を御前は入水自殺謀って居るんだと咎められました。勿論冗談で。
然し私は、在の侭頭を川に落とさなければ、見た光景に心臓を止めて居たかも知れません。其れ程衝撃的で、不愉快でした。
言葉さえ上手く出ない恭子に過程を聞いても無意味、唯、指された茂みを二人は覗きました。
「…何も無いがな。」
「…嘘や。」
覗いた謙太は、普通に草が生えて居るだけと云い、まさか見間違いか、だったら何故恭子迄見て居た、確かめる為私は覗きました。然し謙太が云う様に、其処には何の痕跡も無く草が伸びるだけでした。女の肉体を貪る男の腕の様に。
普通に考えれば、物音に男女が逃げた、此れが正解なのでしょうが、余りにも草が奇麗だったのです。悪さばかりする私に、山の神が灸でも沿えたのでしょうか、判りません。
「恭子。」
「何?」
「見た事、しーぃ、な?」
恭子が果たして、私と同じ物を見たかは判りません。そう云う事に依って私は………。
恭子の小さな目は私を捉え、指を動かします。




*prev|2/5|next#
T-ss