田舎事情


蛙や魚を無惨に殺す事に抵抗無い私ですが、唯一苦手な生き物が“蛇”。茂みから行き成り現れ、うねうねと地面を這い、しゃっ…しゃっ…と真っ赤な舌を私に見せる。無機質な目で辺りを見る…気味悪い事他無いのです。
其の日も私は帰宅時、暢気に鳴く牛蛙を見付けました。奴は私の姿を捉えると鳴くのを止め、宛ら蛇に睨まれた様に固まって居ました。蛙には蛙の社会が御座居ます、大方「在の糞ガキ畜生やぞ」と伝達されて居るのでしょう、暢気に鳴いて居る己を恨んで居る様な目をして居ました。
「見ぃ付けた。」
――あかん…
そう云ったかは知りません。牛蛙がモーと鳴き乍ら飛ぶ…其の一瞬を見て私は後ろ足掴みました。モーモーと喧しく鳴く蛙を、喧しいと一喝、地面に叩き付けました。ひくひくと痙攣し、逃げる事が出来無いのを確認した私は、太い枝を蛙の肛門に突き刺しました。此れが小型の蛙であると口から枝が出、蛙の串刺しに為るのですが、身体の大きな牛蛙は中も頑丈、此れ位の太さの枝では貫通しないのです。
此れだけされても蛙は未だ生きて居ます、結構丈夫なのです。妖怪の土産にして遣ろうとニヤニヤ歩いておりましたら、今度は私が固まって仕舞ったのです。
蛙の匂いに寄って来たのか、三十センチ程ある錦蛇が姿を現したのです。相変わらず蛙は枝の先で痙攣し居ます。しゃっ…しゃっ…と細長い舌を覗かせ、躙り寄ります。
「八雲?」
蛇が近付けば其の分逃げ、道端で不審な動きをする私に茜が声を掛けました。
蛇と茜…ダブルコンボに遭った私は如何する事も出来ず、白旗振る様に蛙を振り回しました。
「何を持ってんのよっ、捨て為さいよっ」
蛙も蛇も平気な茜ですが、蛙とは到底云えない代物に絶叫し、振り回す度、体液が飛び散ります。
「蛇っ、蛇や茜っ、何とかせえっ」
「あんたこそ何とかし為さいよっ」
手から蛙を離せば蛇を何とかして遣ると茜は云いますが、こんな見事な牛蛙は久し振り、妖怪退治に使わぬ侭蛇に食わすのは惜しいのです。
「ええから、早ぅ。蛙渡し為さいっ」
威嚇する様に蛇は立ち上がり、嗚呼此の姿勢は危険、私諸共狙って居ます。恐怖に私は涙目に為り、仕方無し蛙を放り、素早く茜の後ろに回りました。投げ捨てられた蛙に蛇は近付き、しゃー、と身体を震わすと蛙の頭目掛け其の大口を向けました。一気に蛙の頭は飲み込まれ、ゆっくり、じわじわ、蛙の身体が蛇の内に消えて行きます。
時間にして十分程でしょうか、蛙は完全に飲み込まれ、蛇の口から枝だけが伸びて居ます。
はて、在の枝を、蛇は如何する積もりなのか。飲み込めないのは確か、すると茜は近付き、逃げる事の出来無い蛇はじっとして居ます。
蛇は食事をした後、消化の為動かないのです。茜は其れを知って居たので、口から出る枝を掴み、ぶらんと、蛇を宙に浮かせたのです。
鬼畜や、此の女は鬼畜やぞ。
「よし、連れて帰ろ。」
「はあっ?」
枝は余程蛙の中に絡み付いて居るのか、蛇が頑丈な其の顎で噛んで居るからか抜けません。ぶらぶら蛇を片手に茜は家に向かいます。
「蛇、蛇可愛い。」
「何がっ」
「可愛いなあ。」
若しや此の女、少し頭がおかしいのでは無いか。男勝りの美代子ですら蛇にはきゃーと云って逃げます。
然し。
由岐城家に行けば自分がどんな目に遭うか察した蛇は、バタバタ動き、消化途中の蛙を放り出し逃げました。するすると茂みに逃げ、茜の手に残されたのは何ともグロテスクな蛙、見た茜はぎゃーと絶叫し田圃に捨てました。
「あたしのコレクションが増えると思ったんにっ」
一体何を不気味なコレクターか。
何でも茜、蛇の骨格が好きで堪らんらしいのです。蛇其の物を標本にするのでは無く、骨格標本にするのが好きらしいのです。
「蛇の骨格はなあ、其れはもう奇麗何や。神様て凄いで。」
「さよけ…」
「ボーン・アートてゆうてな、奇麗何やで。」
茜の部屋には其れ等蛇の骨格が何十体も飾られて居るとか居ないとか。其れを夜な夜な眺めてはにやにやし、囲まれ眠るとは、矢張り少しまともでは無い。
見に来る?と聞かれましたが全く興味無いので断りました。茜に余り関わりたくない、と云うのもあります。
学校から家迄は一時間近く掛かります、寄り道しなければもう少し早く帰宅出来るでしょうが、其れでも十分早いか否か。其の間民間を三軒通ります。
二軒目の手間で、私ははたと足を止めました。茜も其れに続き、止まりました。
「如何したん?」
「いや…」
何であろう、此の、“呼ばれて居る感”は。
閉鎖的な村ですし、村全体が一つの家族、と云う具合なので、此の家が誰の家であるかは判って居ます。だからこそ、何故呼ばれた気に為ったのか、不思議で為りませんでした。
此の家は、母屋に娘夫婦が、離れに老婆が住んで居ます。
なので、其の御隠居に何かあり、偶々通り掛かった私に「一寸様子見てんか」と知らせが来たのだと思いました。
此の夫婦は、一寸特殊です。
御存じの通り我が村は、女を家長とする女村です。然し此の家は余り女に恵まれず、尚且短命の家系でしたので、唯一女だった娘が死に、其の婿が家長に為って居ます。義母を隠居させるや否や外から女を連れ込み、居座って居るのです。本来なら追い出す所ですが、先にも云った通り、家長に為る筈の女は死んだ娘だけ、後の息子達は婿に行って居ます。一人でも婿に行って居なければ家長を継がせる所ですが、出払った後に娘が死んで仕舞った為、嫌々婿を家長にするしかありませんでした。
此れが又外から来た男なので、此の村の風習が受け入れられなかったのです。
此の村で一番偉いのは女です。
婿には其れが理解出来無かったのです。男の自分が何故女に虐げられ、低姿勢で機嫌窺い、従わなければ為らないのか。私達には当たり前の事が、婿には不自然に映るのです。
外から女を呼び家長気取り、義母は隠居させ、遣りたい放題。
なので此の家は、少し嫌われて居ます。御隠居が良い人なだけに、村人は何とも云えません。娘が死ぬ迄は何時も縁側に座り、私達子供が通ると手招きし菓子やら何やら呉れる人でした。
其の御隠居に何か遭ったのでは無いか…。
そうしたら最後、此の家は、傍若無人の婿諸共追放されます。子供は歳行った息子だけ、此の村の風習にはそぐわないのです。
婿には、其れが一番良いのでしょうが。
「八雲、一寸…」
何故かは判りません。御隠居に呼ばれたと為ると普通は離れに向かう所、私は母屋の勝手口に向かったのです。
呼ばれる様に。
婿が連れ込んだ嫁は大変若く、息子と十歳程しか離れて居ません。確か息子は十七八では無かったでしょうか。一度、高校進学の為村を離れましたが反りが合わず、一年足らずで戻って来、其れからは毎日ぶらぶらして居ます。此の家族が嫌われる理由の一つでもあります。私以上に気味悪い男で、仕事をして居る女達を見てはにやにやして居ます。
ええ、とても気持悪い男なのです。
幾ら女が偉い村とは云え、彼方は男、何をされるか判りません。幼い娘を持つ家は警戒して居ます。
其の息子の後ろ姿を、私は見て仕舞ったのです。
玄関から入れば良いのに態々勝手口から…誠気味悪い男です。と云うか私も、足を戻せば良いのです。
「八雲て…」
「何、煩いな。」
茜迄付いて来るとは。見付かったら唯では済まん…。
判って居るのに、物陰からちろりと中を覗きました。
男はぼそぼそ話すタイプの男で、此処からは上手く聞き取れませんが誰か居るのでしょう、で無ければ声等聞きませんから。まさか独り言では無いでしょう。独り言だとしたら、でかい独り言です。
女です、女の声が聞こえました。
嗚呼、継母と話して居るんだな、何とも詰まらない、帰ろう、思った矢先、がたんと音がしました。
「え…?」
覗く私の後ろで覗いて居た茜が、息の様な声を出しました。
「一寸、一寸…。あかんやろ…」
ええ、此れは駄目でしょう。
継母とは云え一応は母親、息子に組み拉かれて居るのです。
「近親相姦、あかんあかん。こら、いけませんよ。」
「煩いな…」
此方からは息子の背中で良く見えませんが、継母の膝が地面に付いて居ます。
「何をしてるの、在れは。」
「知らんわ。黙っとれや。」
「へい。」
一分程すると継母は立ち上がり、其の侭居間の畳に寝転がり、肉厚な太股の間に息子の身体が挟まりました。
――嗚呼、ええよ。在の人よりええよぅ。
「在の人て、何の人。」
「知らんわ、黙っとれや。見付かるやろ。」
本当は、遠の昔に見付かって居るのかも知れません。其れを知って居て息子は見せ付けて居るのかも知れません。
動く息子の腰に継母の腕が絡まり、ズボンに収まるシャツを引き出そうとして居ます。
ゆっくりだった動きは、継母の咆哮と共に早く為り、最後に一度、強く動くと痙攣しました。
まるで、先程の蛙の様に。
臀部回りがびくびくと震え、継母の足も小刻みに揺れて居ます。
何事も無かった様に息子は継母から離れ、脱力した継母は膝小僧を合わせるだけで、陰部は丸見えでした。
何と、何ともグロテスクな物か。
消化途中だった蛙の様です。
黒々とした陰毛は濡れ光り、白い液体が絡まって居ます。
「きっしょ…」
他人の陰部も、性交に依って出る体液も、其れ等が混ざり合った陰部も見た事無い茜は素直にそう漏らし、私も少なからず頷きました。
「気色悪いなぁ…」
「何?大人は皆、在れをするん?」
「せやろなあ…」
息子達に見付からない様逃げ、通りに出ました。
無言でした。帰る道は一緒でしたので一緒には帰りましたが、道一杯に離れ、無言で歩きました。途中蛙を見掛けましたが無視をしました。とてもではありません、蛙を串刺しにすると在の息子を思い出しそうでした。
「そういや、こないだな。」
茜の家が近く為った頃、私は口を開きました。
「うん。」
「川で見たんよな。続けて見るとは思わんかってん。」
茜を見ずに、空を見上げ、云いました。
「自ら覗きに行って、何をゆうてるの。」
「確かに今日のはわいが悪いで?けど、すると思うか?」
「思わんなぁ。」
「御隠居、知ってんのかな。」
「さあ。」
「あ、蛙。」
「止め為さいて、もう。」
茜はそう云い、立派な門構えの門を開きました。
「あ、御嬢、御帰りやし。」
「ただ今。」
門が締まると同時に私は小さな蛙を捕まえ、後ろ足を纏めて掴みました。そうして、先程の光景を振り払う様に腕をぐるぐる回し、家に着く迄続けました。
「あ、やくにぃ。腕ぐるんぐるん。」
「ただ今な。ぐるんぐるん。」
家の外で遊んで居た恭子は、地面から離れ、私に近付きました。恭子が抱き着く其の前、私は手を離しました。紫色の空に蛙は一瞬映り、べしゃりと地面に落ちました。其れでも尚、蛙の臓物はぬらぬら光り、動いて居ます。
「嗚呼ほんま、気色いねん。」
其れでも止められないのは、何故でしょう。




*prev|3/5|next#
T-ss