清涼求めて


夕方に為っても暑さは引かない。寧ろ風は熱く為って居る。アスファルトからの照り返しが無いだけマシだが、潮風さえ生温い。馬でさえ暑さに参って居るのだから、好い加減馬車等古風な代物止めたら良いのに、と加納の乗る馬車を見送った八雲は、門衛に挨拶済ますと上着を脱いだ。
「暑い暑い、暑いねんッ」
数秒前迄は上品な声色と口調で加納に話し掛けて居た、物の数秒で豹変した八雲を門衛は冷ややかな目で眺め、門を閉めた。
「八ぁ雲ぉ。」
暑さに等々幻聴か。聞こえる筈の無い茜の声を聞いた八雲は頭を振った。
「本物本物。」
「うわ…、何で居てん…」
「迎え来た。」
白虎に跨がる茜、其の後ろに黒い車が二台。
一気に血の気が引いた。
慌て目を逸らす門衛にも見えて居ると云う事は紛れも無く本物、修羅の次は夜叉か。
暑い等と云って申し訳無いとすら感じ始めた。
「ええと…」
遠路遥々地獄から…いや…大阪からいらっしゃい。
「行くで。」
「は?何処に。」
「港。」
「軍港は一寸…」
「暑さで頭湧いとんちゃうか。な、マサ。一般人が入れるか。」
「へ。」
だから、能面と参謀以上の清涼組み合わせは要らない。何だ此処は、真冬のソ連だろうか。そうしてもう一つ云うなら、貴方方は一般人では無い。
「嗚呼…」
心底冷え切り、声迄掠れ始めた。
「今晩は、御義父さん…松山はん…」
そして左様ならは出来無いだろうか。
白虎の存在だけが救い、朝の無理強いを詫び様と手を伸ばした八雲だが、あっさり避けられた。
「冷たい…、見て下さい…。娘は父親に対して、こんなに冷たいんです…」
堪らず門衛に泣き付いたが「暑い」と振り払われた。
「嗚呼そうか、今日の斎藤さん、何か足りないと思ったら、そうか、白虎ちゃんが足りなかったのか。暑いもんね。」
等ともう一人の門衛は云う。
彼だけだった、白虎を気に止めて呉れて居たのは。毎日見て居る能面も云わなかった。寧ろ白虎が居ない事に気付きもせず壁にへばり付き、ボーンチャイナだ何だと喚いた。
「白虎ちゃん暑いね。でも可愛いね。」
実は白虎、此の門衛が大好きなのだ。然し正門に立つのが月一と会う率が少なく、何時も裏門から行こうと云う。白虎の頼み一つ聞いて遣りたい所だが、裏門は狭い。白虎が通れるスペースが無いのだ。
そんな大好きな門衛から可愛いと云われた白虎の喜びは最高潮、門衛に頭を擦り寄せ「謝謝」と唸った。
「嗚呼可愛い…。御父さん、娘さんを僕に下さい。」
「絶対に嫌。」
がぁん、と白虎と門衛はショックを受け、鼻先くっ付け、実らぬ恋を歎いた。
「何で俺は人間何だ。虎だったら君と結婚出来るのに。」
――嗚呼貴方、ワタクシもよ。何故貴方は人間なの。運命が呪わしい…
其処は普通考えるなら、白虎が人間であれば、なのだが、此の門衛は虎と云う捕食獣に魅了されて居る。白虎が人間だったら、眼中にも止めて居ないだろう。八雲には其れが判るから「嫌」と云った。
決して、決して父親の嫉妬等では無い。
「白虎、食費凄いで。其れ大丈夫なら…」
「茜、余計な事云うな。」
「大丈夫…大丈夫です…、彼女になら、食われる覚悟で、寧ろ本望。其の時の為私は野菜しか食べて居ませんッ」
白虎は草食動物を食べる肉食動物である。故に草しか食べないと、門衛は暑苦しい。
「今、其の時にしたるわ。」
小さな門衛の頭を無理矢理白虎の口に押し当て、覚悟があるんじゃ無いのか、本望では無いのか、嫌がる門衛を鼻で笑った。
「涎…涎が…。嗚呼でも、此れも素敵…。此の生臭さ…最高…」
顔面を涎に濡れさし、うっとりと何を云って居るのか。
「何か此の人、誰かに似てるな。」
「一幸やろ。」
「おお、一幸、せや、一幸。見事なマゾっぷり。」
最後にべったりと門衛の顔を舐めた白虎はうるうる唸り、感極まった門衛はへたり込んだ。
「も、ええか?」
門衛の醜態に頭痛覚えた夜叉は車の窓を閉めた。
「何処行くねん。」
「北海道。富良野。別荘あんの。」
「へえ。」
「反応薄…ッ」
「おやおや、私を誰だと。考古学者ですよ。國枝老師の一言で中国の果てから果て、行きますよ。」
「そうでした。」
行き先北海道、には驚きはしなかった八雲だが、私物の船で北海道迄行く、と聞いた時には、驚いた。由岐城家の財力と、松山の運転の下手さに。




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