猟奇的遊戯


「女て、何であんな狂暴なんかなぁ。」
白い塊が、青い空にゆったりと流れて居た。動いて居ない様で、然し確実に動いて居る。
「なあ。」
草を毟り乍ら光大は吐く。
「謙太は?姉貴酷い?」
「酷いけど、八雲んトコ程ちゃうわ。」
傲慢で、自分勝手で、気に食わない事があるとキィキィと海鳥の如く喚き散らし、暴力に発展する。狂犬病に感染でもしてるんじゃ無かろうか。嗚呼云う輩は隔離するか、殺処分するかしたら良いのにと毎日思う。
私達は同時に息を吐いた。
「世の中の女皆嗚呼なら、わい、一生結婚せんでええわ。」
「せやなあ。」
「けったいな、えぐいねん。」
「女は弱いて、誰が真っ先に吹聴したねん。」
光大はキリキリ笑い、膝に乗せる両腕の間に頭を落とす。謙太は笑顔とも付かない、何処か痛そうな顔で視線を流す。私一人、空を見て居た。
嗚呼云う雲みたく、どっしり構えたオナゴは居てないだろか。
「日本は明治時代から、“日本”ちゅうけったいな国に為った時全部変わった。ほんま。」
何処から湧いた声。光大が悪戯で声音を変えたのかと見たが、光大も辺りを見る。
「後ろ後ろ。隙だらけか、自分等。」
鬱蒼とした雑木の間から、長兄が顔を覗かせた。そう云えば今朝、御袋がそんな事を云って居た。だから家に居ろ、と。然し、朝食食べ、排便したら、忘れた。そうして二人と一緒に高台に来た。
村が一望出来、こうして見下ろすとすかっとする。皆が私に平伏して居る気分に為る。糞にも足らん虚栄心だ。
「出雲はんや。」
「おしおし光大、今日も逞しいな。」
男兄弟が下にしか居ない光大は、長兄に豪く懐いて居る。我が兄の様に尾を振り回し、逞しい長兄の腰周りに大木の様な腕がしがみ付く。
「女はけったいやねん、昔から。明治でちぃと男が力持って仕舞ったから調子乗って、今ツケ来てん、わし等にな。」
「やっぱし、オナゴはけったいや無いか。」
「男色禁止やてアレ、向こはんの入れ知恵やしな。」
「向こはんて。」
「カトリックの阿呆共。カトリックは同性愛禁止やしな。」
しっかりとした顎に煙草を当て、一本出すと箱を私に投げた。
「わし等が守って欲しいわ。なあ。」
「ほんまほんま。」
「光大、鬱陶しい。」
大型犬にじゃれ付かれて居る風に見える。色白萌やしの謙太がしても“一丹木綿張り付いてますよ”と為るだけ、何故に光大はこうも逞しいのか。私がしたら、“蟷螂付いてますよ”と云われるかも知れない。矢鱈手足長く縦長で、逞しいとは程遠い。一丹木綿よりマシだが。
「御前は津雲か、離れぇ。わし、奥田先生ぇちゃうねん。」
「嫌、嫌ぁ。ホモちゃいますけど嫌ぁ。」
「火ぃ点けられへんがな。」
大型犬光大を無視し、私は空を見た。
青い。なんて青いんだ。
此れが地球の色だと云うのか。
「兄さん。」
「何やねん。此のホモ如何にかせぇ。腰押し付けて来んな、津雲二号か。津雲みたく別嬪なら悪い気せんけどな…、御前逞し過ぎんねん…」
「空て、何で青いんですか?」
光大を力の限り撥ね付ける長兄は抵抗を止め、草の上に寝た。
「土の匂い…、木の匂い…、水の匂い…、雲の匂い、そして風の匂い。」
ひんやりとした風が雲を運ぶ。
「其れが集まると、青になんねん。」
「嘘。」
「嘘やけど。」
騙された私に長兄はキリキリ笑い、「空気があるから」と紫煙を流した。
「空気中の水分、其れが太陽の光を反射さして、漆黒の宇宙を映してんの。せやから夜、お天道はんがねんねしたら暗いやろ。」
「空て、宇宙なんですか…?」
「御前阿呆か、やったら何やねん。絵の具ぶちまけたとか思てたんか。」
「ほんならなんで夕日は赤いん?今は、白おますやろ…?」
長兄は地学博士であって自然科学博士では無い。実家に来て迄仕事に近い事したく無いと、当然だろうが、知らん知らんと煙草を消した。
「ほんならなんで御前は色黒やねん。」
「は?生まれ付きですよって。」
「一緒一緒、其れと一緒ぉ。」
此れ以上此処に居ると危険と察した長兄は、尻を数回叩くと「後でな」と姿を消した。
「出雲はんて、何であんなカッコエエんやろ。君とは大違いや。」
長兄が渡した煙草を一本加え、然し火が無いので遊ばす事しか出来無い光大は、煙の変わりに吐いた。
「やっぱ母親ちゃうのん。」
「オマケ頭もええしやな、一方君は何ですか。」
一々煩い友人である。私の頭が如何か為ってるのは色黒と同じ、如何仕様も無い。
「才色兼備やで、兄さんの母親。遺伝子レベルからちゃうねん。」
「光大てホモちゃうの…」
黙って居た謙太が堪らず口を挟んだ。
光大がホモだろうが、長兄を好きだろうが、私達に被害無いなら好きにすれば良い。性癖をとやかく云う権限は無い。友人に手を出す、此れはあきませんよ。
「頼むし、わいは狙わんといて…」
「俺も…」
「出雲さんにしか興味無いですよ、僕は。ケツの青い小便臭い君達なんか断ります。」
「さいで…」
「大きに…」
冗談なのか本気なのか判らず、あはあは笑う光大の声だけ聞いた。口調が明らかに冗談を云う時のだが、態度を見ただけに怪しい。
「女と兄さんなら、断絶兄さんやけどな。」
「せやろ?な?ほら。」
何が、ほら、だ。意味が判らない。私は純粋に“兄弟で連む方が楽しい”と云っただけ、一緒にされては困る。
「光大がホモて判たトコで帰ろか。」
「せや、帰ろ。ケツ危ういわ。」
「ですからね君達。」
「はいはい、出雲さん、な。判たて津雲二号。」
「わし、あんな陰険なオカマちゃうわ。陽気なオカマや。」
「やっぱホモちゃうか…」
光大を盛大にからかい乍ら雑木林を抜け、帰りは下り坂だ、誰が一番早いか競争した。案の定謙太は「足縺れるがな」と喚き、足腰がしっかりした光大は猪みたく下りた。此れ、本当に猪みたいな足音がしたので、抜けた時居合わせた御夫人が「嗚呼吃驚した、猪かと思たやないか」と籠に入って居た人参で頭を殴り付けた。私はと云うと、光大程足腰は強く無いし、謙太みたく軟弱でも無い、木に掴まり乍ら飛んだ。飛んで、下りた。だから御夫人は、私を“猿”だと勘違いした。
「出雲は出雲で馬やしな。何やねん、あんた等。怖いがな。」
「猿です。」
「ホモです。」
「萌やしです。」
「うっさい。」
けったいな御夫人である。何だと聞かれたので素直に答えたのに煩いと云われた。
何故か人参を各々一本づつ貰い、洗ってあったので齧りつつ帰宅した。
高台から一番遠いのは私の家で、二人と別れた後、残った人参の葉を振り回し足を進めた。
「大根の葉は食べるのに、人参の葉は食べんのなー。」
天麩羅にしたら旨そうなのに。乾燥させて埃でも取るか。或いは妖怪の鼻にでも押し込むか。
下らない事を考えて居る内に豪邸が見えた。茜の家である。其れが見えたら家迄後十分と判る。
「あれ。」
「うわ…」
何も日曜迄見る事は無いか。親族以外で一番嫌いな女。何故か知らん、嫌われて居るの判ってる癖にちょいちょいちょっかい掛けて来るけったいな女。
学校に居る時は神戸に居た時通って居た学校の制服を着て居る。有名な女学校の制服らしく、私服の女学生は何時も羨ましそうに見て居る。真っ白なセーラーワンピース、襟は水色で、リボンも白だ。私には、又其れも気に食わない。制服の無い学校で一人だけ此れ見よがしに“金持学校”の制服を着る。茜本人にそんな積もりは無くとも、私は気に食わない。私が女なら徹底的に虐め抜いた所、糞尿で茶色にして遣る所だ。
日曜だからか茜は私服で、嗚呼、今でも制服な理由が判った。
私服だと、制服以上に金持なのが判る。明らかに生地が、私達の着る物と違う。此れなら制服の方が反感買わずに済む。
「見んな、腐る。」
「今日は蛙や無いのん。」
「………。」
視線を逸らすと、偶々居た。私は逃げる其奴を引っ付かみ、逃げ様とする茜に向けた。
本当、何処にでも居る。
「阿呆ッ、阿呆ちゃうかッ、何も捕まえる事…」
「ほら、ほら、蛙。御望みの蛙ですよ。」
雨蛙なら未だ良い、私でも最高に気持悪いと思う牛蛙、蛇が大好きな趣味悪い茜とてぎゃいぎゃい喚いた。
「牛牛、牛蛙ぅ。ほれ鳴いてみぃ。」
どっぷりとした腹を握ると、蛙は苦しそうに鳴いた。茜もうっすら泣いて居る。
「阿呆死ね蛙に呪われぇッ」
「逃げんな。」
慌てて門を開き、家に入ろうとした茜の腕を引き、白い壁に押し付けた。
「蛙蛙。不っ細工な蛙。」
「判った、判ったて…」
「べちゃあ。」
皆が奇麗だと誉めそやす顔に、蛙の腹をくっ付けた。疣蛙だったら疣を擦り付けた所だが、牛蛙は唯でかいだけで大変醜い、疣蛙程悍ましくは無い。
蛙の粘膜が張り付く頬に涙が通った。
俯き、肩を揺らす姿に壁から手を離した。私にしては珍しく、蛙は逃がした。
「はんッ」
鼻で笑うと茜は壁を伝い座り込んだ。必死に頬を擦り、静かに泣く。
「何で泣くねん、鬱陶しいの。」
顔の横に足を伸ばした。
「泣き止めや、其れとも、靴で頬拭いたろか?」
苛々する。
ヒステリックに泣く女も恨めしいが、こうして静かに泣く女も恨めしい。不快指数は後者の方が強い。
「おいて、聞けや。」
しゃくり上げる茜の顔を足で上げ、益々苛々した。
「何やねん、其の顔。わいが悪いみたいな顔しくさってからに。気分悪いわ。蛙無いのぉゆうたん自分ちゃうんか。」
「ごめ…御免為さい…」
「次は公開処刑やからな、御自慢の制服、ぐっちゃぐちゃにしたるわ。女やからて加減せんぞ。」
普段なら此れだけで、大概の鬱憤は晴れる。然し如何だ、晴れる所か益々苛々した。
小さな影が、横に見える。
「あー。」
見なくても判る、私を指して居る。少し抜けた甘ったると云うか舌足らずな声。
「恭子ぉ。」
茜の顔から足を離し、地面で数回擦った。其の侭妹の方向き、しゃがんで両腕を伸ばした。横から突き刺さる茜の視線。自分でも気味悪さ覚える程の二面性。
「やくにぃ、又虐めてる。」
「ちゃう、虐めて無い。虐める価値も無い。」
視界の横で、茜の身体が跳ねた。
「恭子ぉ、今日もむっちゃ可愛え。」
かくんかくんと小走りに寄って来た妹を腕に納め、ぎゅうぎゅうと締め付け乍ら頬擦りをした。
「朝もゆうたぁ。」
「見る度ゆうねん、兄ちゃん。恭子可愛え、宇宙一可愛え。」
最早私の頬の筋肉は役目を果たして居ない、弛緩に弛緩を重ね、崩れる。無言で茜は立ち上がり、妹に触ろうとしたので慌てて身体を捻った。
「触んな。腐るやないか。」
「腐らんしな…」
「いいえ、腐ります。可愛い恭子が妖怪成ります。」
「腐るぅ。」
意味が判らない恭子は私の言葉を復唱する。笑顔なだけ、破壊力が違う。茜はぐっさりと傷付いた顔で手を引っ込めた。
然し何とか妹の気を引けないかと、態とらしく手を叩く。
「嗚呼せや、恭子、クッキー、要る?神戸から送って来てん、仰山あんのん。」
「要る要る要る要るッ」
子犬が暴れる様に妹は茜に腕を伸ばし、腐った、私の可愛い妹が腐って仕舞った。茜に抱かれ、クッキークッキーと繰り返す。
「あげるあげる、仰山あげるよぅ。」
貴様其処は、先刻私が蛙を押し付けた場所では無いか、其の頬を妹の頭に擦り付けるとは何事か。良し今日は、禿げる程頭を洗って遣ろう。茜の訳判らぬ顔ダニ迄移ったのだし。
独りっ子の茜は、光大が長兄に懐く同様、我が妹の様に妹を可愛がる。子供、妹本人を好きと云うより、私が盲愛して居るから、自分も同じに可愛がれば少しは自分を良く見て貰えると、浅はかな考えが伺える。
茜は門に付けてあるベルを鳴らす。
『はい?』
黒い機械から声がした。
「あれ?京介?あたしぃ。」
『御嬢…、何してますのん…。門開いてますやん。』
そらそうだろう、態々自宅のベルを鳴らす馬鹿等居ない。
「恭子にクッキーあげて。」
御前は何をするんだ。ベルで云わずとも自分が取りに行くか、妹と一緒に入るかすれば良い。
態々何をして居る、本当に。
『へ、判りました。』
「クッキークッキーッ」
黒い機械からクッキーが出るもんだと思う妹は、短い腕伸ばし、小さな手を御椀型に飛び跳ねる。
「中、入って、かなり怖い兄ちゃん居てたら、其の人がクッキー呉れるよ。」
「ほんまッ?」
中腰で、妹と視線を同じにした茜は門を開いた。透かさず妹は隙間に入り、本の少し見えた豪壮な日本庭園の中に姿を消した。
「いや、御前も消えろや。」
暢気に妹だけ入れ、此奴は何をして居るのか。かなり怖い兄ちゃんとは、怖いでは無いか。
への字に口を歪めた茜は、恨めしそうに私を見上げる。何とも不愉快な目付き、苛りとした。
「何やねん。見るな。」
「クッキー、あげよか?」
「要らんッ、わい、甘いの嫌いやねんッ」
嘘だが。本当は大好きだが、茜の不愉快な目付きに「要らん」と云った。本当なら私も妹と一緒にクッキー貰いに馳せ参じたい所だ。
「蛙が好きぃ?」
「大っ嫌い、御前はもっと嫌い。蛙より嫌い、蛇より嫌い、姉貴よりずっとずっと嫌い。」
「八雲。」
「うっさい、触んな。」
「あたしの事…」
嫌いなん…?
茜が果たしてそう云ったのか、云う積もりだったのか、判らない。
への字に曲がる口は涙を引き寄せた。
苛々する。
はっきりと苛々した。
「嫌いや…」
濡れた睫毛が揺れた。
「嫌い、嫌い、大嫌い…、御前の全てが大嫌い…」
口は止まらなかった。
長姉が次兄に積年為る恨みを持って居るのと同じ、私は茜が嫌いだった。
「何で…?」
「何で…?何で……?…はッ」
理由はあるのだろうが私には判らず、然し心の表情と云うのか、私の顔面は引き攣り、涙が出そうだった。
「当たり前やろ…?あ…?」
「あたし、何か、した…?」
して居ない。詰まり此れは、嫉妬から来る嫌悪。
私の顔面は最早麻痺起こし、笑って居た。
「御前みたいな、なぁんも知らんと、ぬっくぬく温室で…、なぁんの苦労もせんと笑てる人間…、わい、大嫌いやねん。」
「……。」
「なんやの、此の違い。金無いけど愛情あったらええてよぅ云うけど、わい見てみぃ、金も愛情もあったもんちゃう。毎日毎日喧嘩で、オマケ姉貴は妖怪やしな。なのに、何?御前。金はあって、愛情で育って…。ほんで慈善か?クッキー配り歩く程、余裕あってええなあ…?御前みたいな温室愛情の中で育ってる奴…」
嫌悪通り越して殺意が沸く。
「自分の顔、鏡で見た事あるか?此の世の倖せあたし独り占めしてますぅ、て顔…。其の顔…、顔…」
「あたし、そんな…」
「積もり無いやろ…?そらそうや?当たり前やもんなあ?愛情貰うんが…。当然で、無い事考えた事無くて、存在否定された事無いもんなあ。ほんま、羨ましいわ。羨ましぃて、死んで欲しい…」
小さな雨蛙、ぴょん、と地面に飛んだ。数秒後には地面に張り付いた。
声無く、行き成り命を絶たれた蛙。奴の一生は果たして何んなだったのだろう。
茜は、蛙を擦り付ける私の足を見、鼻を鳴らした。
「蛙死んだ位で泣ける優しい優しい茜ちゃん、無関係な命が失せても心痛めるあたし優しい、そんな余裕があるのよん。」
茜は何か云おうとしたが、其れより先に私の関心は門に向き、両腕でしっかりと紙袋を抱えた妹、序で後ろに一人居た。
「やぁくにぃ。」
「お。一杯貰たな。」
「御嬢、何してますのん。中入りはったらええのに。今日、結構風冷たいですよ。」
「嗚呼、うん…。そうな。」
ほらな…?見てみぃ、わいの云うた通りやないか。
私の顔を窺った茜は、私が吐き出した言葉通りの待遇に下唇を噛んだ。
「今日、松山はん居てないのん。」
何時もびったりと茜に横付けして居る筈なのに。居たら私とて、本心は云わなかった。
蛙同様、こう為る運命だった。
「居てますよ。会います?」
「え、何で。理由無いがな。」
「居てるか聞かはったんで…」
あんな超合金みたいな男、理由があっても会いたく無い。
「御嬢、ほんま何してはるんですか?」
「…御喋り…?」
よぅ云うわ。
素直に“虐められてた”と云え。そうして益々私の殺意を肥大させろ。此の温室女。
「何も外でせんと…、中入りはったら宜しもんを…、門一枚ですやん…」
「八雲、ずぼらちゃん…よぅ動か…」
「あ?なんて?」
ずぼらは認め様。全てに於いてだらし無く無責任で締まり無いいい加減男だが、茜に指摘等受けたく無い。
「ほらほら、喧嘩せんといて下さいよ…、親父居てるのに…」
「夜叉ぁ、夜叉あ。」
「こら恭子、何処で覚えましたか。兄ちゃんそんな子に育てた覚えありませんよ。」
四年しか育てて無いが。然し本当、何処で覚えたのか。
「そんな悪い子、クッキーあげません。兄ちゃんが全部食べます。」
「嫌ぁ、嫌あ…ッ、やくにぃ死ねぇ…ッ」
流石は妖怪の血が流れるだけある。泣き声は野獣の如し。ライオンも逃げ出すに違いない。
死ね、は私達兄弟喧嘩を連日聞かされて居るので覚えた。此れは本当に、環境が悪い。だからと云って改善はしない。“ようブス、未だ生きてたか”が朝の挨拶。
「死ねて…、よぅ兄ちゃんに云えるなッ。おー、怒ったぞ、兄ちゃん本気で怒ったぞ。もう絶対遊んだらへんからなッ、一人で寝ろッ、シシ漏らしたって兄ちゃん庇ったらへんぞッ」
「嫌ぁ…嫌やあ…ッ、やくにぃ嫌あ…、好きぃ…大好きぃ…、ああん、ああん…」
可愛いでは無いか。後生大事に抱えたクッキーの入る袋を落として迄泣くとは。
「ほら帰るし。ものごっつ怖い兄ちゃんと蛇にバイバイして。」
「ああん、ああん…バイバイ…」
「クッキー有難さん、頂きます。」
「蛇て…」
「ご…。わし、そんな怖いか…?」
「怖いがな…」
小さな妹の手は、泣いて居るのもある為非常に熱かった。
「うっさいの…、泣き止め…」
「ああん、ああん…」
「八雲ぉ…ッ」
「うわッ、何やねんブスッ、行き成り出て来んなッ、心臓止まるや無いかッ、寧ろ止まったわッ、責任取って死ねブスッ、ほんで美人に輪廻して来いッ」
「何を恭子泣かせてんのッ、死ね、ほんま死ねッ、煩いねんッ」
「己の金切り声の方がうっさいわッ」
空はゆっくりと漆黒に染まる。宇宙の色が、よぅ見えます。




*prev|3/6|next#
T-ss