猟奇的遊戯


美人に生まれたのは、遺伝子が良かったから。ナルシストな訳でも無く、幼少時代から「正当な別嬪はん」と云われ育ったので、そうか此れが別嬪云うねんな、と認識した。
お母ちゃんが此れ又別嬪はんやった。切れ長の目で鼻は高く、口元は真横に何時も引き締まる。小柄ではあったが其れ以上に気迫があり、気高さがあった。故に豪く高い女に見えた。
内の気高さが身長を凌駕して居た。遠くから見ると背高な女に見える。
由岐城さん、ほんま別嬪さんなあ―――。
神戸に居た頃、良く云われた。
私は驕りもせず謙遜もせず、「別嬪なお母ちゃんに感謝してますのン」「お母ちゃん居て何だあたし居てませんのン」と笑顔を向けた。
神戸から大阪のど田舎に越したのは十歳の頃。あたしの自慢やったお母ちゃんが死んだから。
此処であたしは、別嬪が何も世の全てや無いと知った。
別嬪やから何んな男子はんにも好かれる――一律あるが、あたしには無縁だった。
何んな男にも…?
抜かせ。
やったら何で、あたしの好きな男はあたしをよぅ見なんだ。
由岐城さん由岐城さんと寄って来る男は仰山居た。居たがあたしにはちっとも魅力的に映らない。
斎藤八雲―――。
其奴が一寸でもあたしに笑顔向けて呉れるだけで良かった。
「おおい、ブぅス。居てるか?」
クラスは二つしか無い。男子と女子、其れだけ。
取り分け八雲は男前やから、女子に人気があった。ちょいと姿見せ様もんなら、其れ迄股おっ広げガハガハ笑って居た女生徒でも萎れた。
「何やねん変態、居てるわ、がっつり居てるわ、皆勤賞じゃい。見習え、三日坊主。」
「ブス連会長、英語の辞書貸してんか。」
「はあ?嫌。」
「あ?なんてブス。ブスに拒否権は無いねん。ブスブス、ブス連会長。」
鞍手美代子―――。
唯一八雲が話す女子だった。
うにゅ、と大きな手で美代子の顔を左右から潰し、唇を出す。そうして八雲は「うお、ブス、むっちゃブス、信じられんブス、優勝」と笑う。
美人が、何やねん。
聞いて臍で茶が沸かせる。
美代子は別不細工では無い、可愛い訳でも無い、本当、平均な女。
八雲とは、母親同士が友達な為、馴染みである。だから平気。
「なあなあ美代子ぉ、美代子ちゃぁん、世界一可愛いとは云われへんけど、貸してんかぁ?」
「嫌、うっさい。」
「嗚呼ブス、去ね。」
「己が去ね。」
チャイムが鳴る。
「嗚呼ブスッ、ほんま死ねッ」
「八雲君…ッ」
学園のマドンナ小林小百合。あたしとは真逆の可憐さ。肢体はふっくらと肉付き、ちんまりとし、ほんま百合みたいな女。声も高く、上品だ。
「ウチの使て。な、使て宜しから。」
上品な理由は、そう、小百合は京都弁を話す。小百合はあたしと同じで“移住組”だ。堂々京の都のはんなりはんが乗り入れた。
しっかりと骨張った手に辞書を握らせる。何を隠そう、小百合も八雲が大好きなのだ。然し八雲は気付か無い。
「え…?」
「ええから、ええから早よぅ。先生ぇ来はるよし。行ってんか。」
「大きに、借りますッ」
廊下に飛び出た八雲、バッチリ教諭と出会した。
「斎藤、何しとんねん。」
「青春…?」
「其の辞書何やねん。」
「何をゆうてますのん、英語の辞書ですがな。」
「小林、のな。」
「は…?いやいや、ブス連会長のやしな。」
此の英語教諭は、教科書等の貸し借りを良く思わない。
「小林て書いてるがな、よぅ見てみぃ。」
八雲を廊下に取り残し、教諭は一足先に教室に入る。
「ハイ、ガイズ。欠席、斎藤。」
「いやいや居てますッ、堪忍してッ」
「補習、と。お、ミスター松本や無いか。」
「へぇい、ティーチャぁ。」
「おお、ディモンッ、ヒィ イズ ディモンッ、ベリィ イントラクティボー、ジーザス…ッ」
「喧しい、早入れや…」
「グラッツェ…ッ」
「いや其れ伊太利亜語…。はい西班牙語。」
「グラァアアシァャスッ、序で中国語ッ、謝謝ッ」
「Perfect.」
双方の教室から笑いが溢れる。
「げに騒々しき、いとおかしきオノコ。」
古典の教諭が教科書を開いた。
四限目だった。
昼休みに八雲は辞書を返しに来た。小百合には「大きに」とだけの一言、美代子には「おおブス、己の所為じゃ、間に合わんかったや無いか」と喧しい。
「何を、忘れる方が悪いや無いか。」
「忘れた訳ちゃうねん、元から無いねん。」
「は…?」
「何時も出ぇへん光大が出てなぁ。困ったぁ。あはあは。」
ゆうて何を居座り、美代子の弁当を食べてるか。
「嫌ぁ、何で食べんのッ、自分の食べろやッ」
「何を。美代子が其れ以上豚ちゃん為らんよぅ、手伝ぅてるだけですやん。わいのは無い。」
「何で無いねんッ」
「二限目と三限目の間に消えましたなぁ。不思議ぃ。美代子、御前が食べたんと違う?」
「どんだけあたしさもしいねんッ、食べるかッ」
「八雲君、あーん。」
「あ?あー…ん。」
ちゃっかり便乗しましたよ、小百合ちゃん。黄色い出汁巻きが咀嚼される。
「如何?いける?」
「あ?嗚呼…、うん…」
「ほんに?良かったぁ、ウチが拵えたんよぅ。」
「え?此れ、此の弁当、自分作ったんッ?」
此れには驚いた。
「おかんがなぁ、宜し男はん掴むなら胃袋よぅ掴みぃて、此れ口癖ぇ。」
チクチクと胃が痛む。弁当に箸が向かない。
嗚呼くそ、何といけ好かん京女か。遺伝子レベルから染み付く鬱々さが酷い。
「へぇ…、まあ、掴めるんとちゃう…?此れなら。」
流石に小百合も笑うしか無い様子。此れだけ好き好きアピール受け、さらりと受け流す八雲はかなり手強い。
然し、小百合とて負けてない。
良い男は胃袋で掴め。
強行に出た。
「八雲君、朝に御弁当食べてしもて、御昼どないしてんのん?」
「謙太と後輩の強奪してる。」
「やぁなぁ、可哀相。ほんならなぁ八雲君、ウチ、序で詰めたげまひょか?」
「あー…、ええと…」
「ううん、ええの、気兼ねせんと宜しよ。一人分て作られへんもの、何時も残てるし、其れ詰めるだけで宜しから。」
味が、しない。弁当の味がしない。砂を噛むなんてモンちゃうくて、霧を食べてる気分。
「サユ、詰めて。詰めてんか。」
ええい此の浅黒ブス連会長。
「あたしの弁当無ぅ為るがなぁ。八雲ぉ…」
「うっふふ、宜しなぁ、男ん子。がっつり行かはる。」
「止めて、止めてぇ…。ほんま八雲さん止めて下さい。」
「うっさいブス、今日謙太休んでんねん。忘れて弁当食べたった。」
「何を休んどんのッあんの萌やしッ、死ねッ。なあ八雲さん…後生やし堪忍してつかあさぁ…」
八雲のシャツを掴み、弁当を取り返そうと躍起する美代子だが、八雲は素知らぬ顔で箸を進め、笑顔で弁当箱を“献上”する小百合の所にも箸を伸ばす。
小百合の弁当箱の角にあるポテトサラダ、掬い、ちろりと美代子を見た。
「ほぅらブス、恵んだるわ。」
「其れ、サユの…」
「美代子ちゃん、あーん。」
「ああんッ」
誰よりも美代子に嫉妬の業火を向けたのは小百合だった。八雲に食わす為に弁当箱を向けたのに、関係無い美代子が食べた、然も食べさして貰って。白い肌が見る見る赤く為り、京をんなの底意地の悪さを見た。
「美代子、美味しい?」
「うん、うんッ」
「ほうか…」
ぞっとする程薄く端麗に笑い、弁当箱を引っ込めた。あたしは恐ろしく、無言で箸を進めた。
当然に八雲は、「辞書貸してんか」から今に至る迄あたしを見ない。視線が合ったら態とずらす等せんで、教室に花瓶がある、黒板がある、机があると同じ気持であたしを捉える。意識して見るモンでも無い、だからと云って喚く程のモンでも無い詰まらん存在。八雲の意識と視界に入るには“好意”或いは“嫌悪”を抱かせなければ為らない。あたしは専ら後方の行為しかしない。出来ない、さして貰えない。
「おおいブス。」
「何やねん、教室戻れや。」
「御前帰りに謙太んトコ行けや。」
「自分が行ったらえんちゃうの。」
「無理、出雲兄さん来てん。」
「嗚呼、さよけ。ほんなら行くわ。なんて?」
「明日は来い、来な殺す、頼んだで。」
「ほいほい。」
美代子は親指と人差し指で丸を作り、箸を動かす。其の動く手を掴み、美代子の口に入る前にぐりんと自分の方に向けた。
「近ッ、良い男ッ、吃驚したッ」
「うわッ、ブスッ、吃驚したッ」
けらけら肩揺らし、ひらひら大きな手を動かす。
一度でも、八雲はあたしを視界に入れたんやろか。あたしは視界一杯八雲が居てたのに。
小百合は囂々とした怒りを飄々とした面に乗せ、蝶の様にしなやかな手付きで弁当を片した。そうして、静かな声で
「こん位の大きさで宜しのんかしら」
と、明日詰める予定の箱の大きさを両手で作った。小百合の怒り等知らん美代子は顔前で手を振り、
「あかんあかん、こん位」
ともう一回り大きく表した。
「彼奴ほんまよぅ食べんねん。せやから無駄にでかいねん。」
「よぅ知ってはんのなあ。」
ふっくらとする頬が小刻みに揺れる。
「食べて寝て、起きて食べ、暴れては食べ。そらでかくも為ります。兄貴とおんなし。」
八雲を可愛がってた上級生は美代子の兄である。
「阿呆なトコも一緒。ほんま兄弟ちゃうのん。」
「父親一緒やったりしてぇ。」
「ガハガハ、そら無いわ。兄貴見てんか。あっこの父ちゃんの遺伝子であんな不細工は生まれませんよ。正真正銘親父の子ですわ。」
中年親父の口調で美代子はからかい、小百合もにやにや笑う。あたしは薄く笑った。
「其れは時に、茜。」
小百合があたしに向く。
「八雲君居てると、だんまりちゃんに為るのんなぁ。」
「え?」
小百合が八雲を好きな事をあたしが知ると同じに、小百合も知る。好いた男の前で黙ってしおらしい女気取ってんのかと云われた気分だった。
勿論そんな事は無い。
唯、八雲を見ると好き過ぎて黙ってまう。小百合みたく熱烈アピールは無理なのだ。した所で猛攻受け、傷付くのだから、黙って眺めてた方が良い。
「なあなあ、茜。」
「何や?」
「明日。も一つ御弁当箱持って来て、同時に出してみぃひん?」
其れで何方の弁当箱を受け取るか。小百合のを受け取ったら小百合はあたしに勝ったと万歳三唱、兵庫が何やねん、京都最強と小躍り、あたしのを受け取ったら友情に亀裂が走るだろう。
「いや其れは…、答え見えてるやん…。あたしのはあたしが作ってる訳ちゃうし。」
「弱気、弱気あかんえ。」
「ちょいちょい、あたしも入れてんか。」
「良し、ほんなら明日、三人で一緒に出してみましょうよ。」
大体、不利だ。
あたしの弁当は兵庫で、小百合のは京都で、美代子のは大阪で、如何転んでも八雲の舌には美代子の弁当が合う。一寸した時に料亭の味(小百合)は舌に嬉しいが、毎日と為ると八雲は絶対に美代子のを受け取る。
最初の二三日は小百合のを受け取るだろうが八雲の事だ、「あんな味付けで体力付くか」と美代子に動く。あたしのは端から興味無いだろう。明石焼きに「タコ焼きのバッタモン」とぶつくさ文句垂れるのだから。
「美代子。」
あたしは聞いた。
「明石焼きとタコ焼き、どっちが好き?」
まるで此の世の終わりを告げられた様な顔で、美代子は反応した。
「タコ焼き。タコ焼きに決まってる。どろどろにソース掛けてですね…」
「小百合は?」
「明石焼きぃ。」
軍配は美代子に向けられる、勝負する迄も無い。
放課後八雲に「明日三人で弁当持って来るしな、選んでんか」と美代子が云い、「おおいブス、わいを殺す気か」と一応頷き、そんなで其の日は終わった。
翌日、約束通りに二人は弁当箱をもう一つ下げ、然し小百合のは弁当箱では無く、四段の重箱だった。
宴会でも開くんか?花見の時期は過ぎたがな。
あたしはと云うと、弁当箱等そう持って居る訳では無いので、重箱の一段に詰めて来た。したら小百合は「嗚呼厭らし…厭味っ垂らし…」と厭らしい視線を向けた。美代子は兄貴の使い古した弁当箱だった。
昼休み、美代子に引かれ八雲は嫌々現れた。
「ほいな兄さん、選んでんかッ」
机に並ぶ、四段重箱、一段重箱、めこめこの弁当箱、うんざりと黒目を上げた。
「いやいや御嬢さん方…、幾らわいでも、完食は無理やしな…」
「一つ選べ。」
「めこめこの弁当箱。」
「おっしゃあッ」
八雲は即答し、美代子は両腕に力込めた。
「八雲ぉ、愛してるぅ…、ほんま好きぃ…、結婚し様…」
「おお…要らん…、弁当だけ要る…」
美代子は別八雲が好き等そんな感情は無く、素直に、同じ味覚である事を喜び、大阪最強、と腕を振り上げる。しくしくと小百合は重箱下げ様としたが、八雲は重箱を抱えた。
「宴会するわ。大きに、小百合ちゃん。」
「光大にはやらんといてぇッ、八雲君に作ったんやあッ」
「はいはい…、わいが二段頂きますよって…」
「八雲…」
二人に比べたら随分と小さい声だった。
「ほら、乗せ。手ぇ使われへんねん。」
乗せた。すると八雲の眉が一寸上がった。然し其れだけ、教室を出ようとする八雲に「あたしのも」「あたしのも食べて」と、一体何人分の食事だ?と聞きたく為る量の弁当箱を八雲は抱えた。昨日のあたし達の会話を聞いて居たらしい。
「どないすんねんッ、こんなッ、三人やどッ、三人で食えるか、阿呆かッ」
「クラス皆で食べたらあ?」
「明日は美代子だけでええからなッ、わいを餌付けすなやブス共ッ」
矢張り弁当の差し入れは有り難いと見え、きっちり催促した。其の日の放課後、重箱受け取った小百合は図書館に引っ込んだ。八雲の味覚を調べるらしいが、此れは先祖代々から無意識に受け継がれる物なので、果たして本通りに行くか。自分の味覚を考えれば判るだろうに。生まれた時から板前父親の料理で育ち、父親が“店の味”を守る様に、八雲の舌も味を守って居る。
美代子の弁当こそ、八雲が守る“店の味”“舌の味”なのだ。
美代子にはきちんと弁当箱返す時、「御前のお母ちゃんと結婚したいわ」と、がっつり胃袋掴まれたらしい。
あたしには、謙太が返しに来た。八雲は一切手を付けず、と云うのも、本当に二段食べた。加え美代子のもあるしで、あたしの一段に迄回らんかったと云う。殆ど食べたのは光大だが、何故か知らん、謙太が返しに来た。
「アレ、アレ美味しかった。」
「アレて?」
「よぅ判らん。アレ。アレ、ほら、アレや。うん。」
「うん。」
良く判らんのでサヨナラをした。
空の筈なのに、何だか重く感じた。無意識に避ける程なのかと落胆した。
「茜。」
「嗚呼…ッ」
八雲が行き成り湧き出、八雲から話し掛ける事等無いので、心臓が止まり掛けた。
「何…?」
「一寸来為さい。」
あたしの手首に、八雲の手は余った。蛙の洗礼を受けるのでは無いかと怯えたが、着いた先は消毒液の臭いが酷い保健室だった。
「何やねん、先生ぇ居てないんか。」
机には“わて今休憩中。大病以外は自分でせぇ”とメモ用紙が置いてある。
「ま、ええか。座り。」
嫌と云えば何されるか判らん、素直に従い、椅子に座った。
「手。」
「手?」
「巻き甘い。」
何の事かと思えば、指先の絆創膏の事だった。ざっくりと切れた傷が、赤く現れる。
小百合に、勝てる筈は無かった。あんな板前の娘に料理で勝とうと云う事自体痴がましく、然し、手伝いに「も一つ別に詰めて」と云うのは癪、美代子みたく完全にゲーム感覚な訳でも無い。完全負け試合だが、其れでも力は出したかった。
「こら派手にざっくり行きましたな。」
大きさは大して変わらんのに、八雲の手は大きく見えた。消毒薬を塗る指先は、塗られる指先と一回りも違う。
「阿呆ちゃうか。」
「判てます…、ぼさっとしてたんです…、今日当たるかなあ、当たたら嫌やなあ、判らへんのに、て…」
勿論違う。料理が出来ないから指を切るのだ。考え事はしてた、八雲の事を。
「何れに血を入れたんですかね…」
「小松菜切ってる時やったかなぁ…」
其処で謙太が「美味い」と云ったのが判った。
あたしの血液入り小松菜の胡麻和え、そんなに美味しかったのかしらん。
「わいを、殺す気やったんやな…?事故に見せ掛け計画的な…」
「違います…」
少しきつめに巻かれた絆創膏、血液が指先に溜まり、じんじんする。連動する様に心臓もじんじんした。
八雲は無言で立ち上がり、あたしを椅子に残した侭保健室から出た。
何度ざっくり心を切られた事か。なんぼ別嬪に生まれても不器用やったら意味は無い。
絆創膏に口を付けると、消毒液の匂いがした。小百合にも美代子にも為れんあたしは、八雲の視界に入る事さえ許されない。ざっくり切れた傷を、ずくずく言わす他無かった。




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