猟奇的遊戯
大広間も大広間に松山は寝て居た。自分の部屋はあるのだが、酔い潰れ、宴会終わった広間に松山は放置されて居た。
若頭を放置するとはど豪い根性。
見付けたのがあたしやから良かったもの、朝迄放置されて居たら「何で運ばんのや」と朝から喧しい事だっただろう。
「松山、松山の兄さん。」
数回揺すると、涎の垂れた口から間抜けな声が聞こえ、切れ長な目がうっすら開いた。
「嗚呼、御嬢…」
「掃除するし、退いてんか。」
「済まんこってほんま…」
がちがちに固められた髪は何度か寝返り打ったからか、触覚みたく乱れて居る。ぐらぐらと其の頭を揺らし、ゴキブリみたい、おうおう唸り乍ら眼鏡を探した。触覚と云い、黒いスーツと云い、ほんまゴキブリに見える。伸ばした手の少し離れた所に眼鏡は放り出されており、骨張った指が触る前にあたしが拾った。俯く、と云うか畳に顔面をへばり付かす顔に下から掛けると、ぐらり、巨大なゴキブリに襲われた。
「兄さん…、松山の兄さん…、ええ人と間違えてませんか…」
「おおう…温い…」
姐さん―――。
松山が巨大なゴキブリならあたしは巨大な縫いぐるみだ。しっかりとあたしを抱える口から、涎と共に流れた。
あたしは天井の木目を見た侭、被さる体温を感じて居た。
松山が初めて他人を“愛した”のは、あたしのお母ちゃん。松山の父親も組の人間で、松山が組に入ったのは、十代の半ば、あたしは当然生まれて無い。其の時身篭ってた。
お母ちゃんは、松山てほんま神経質で繊細で、硝子細工みたいな男ん子やった、とけらけら笑う。
一寸わてが話し掛けたらびくぅて、あはあは、ほんまおもろい子ぉやったよ、今は仏頂面で「へ」やけどな。
あたしは聞かされてた。でも其れは、何もお母ちゃんが怖いからちゃうくて、今なら良く判る、好きな奴に話し掛けられたら心臓に悪い。松山はそんな気持だった。
流れる木目、追った。
知らんやろ、あんたがお母ちゃんを好きん為ったと同じ、あたしもあんたを好きん為った…。
最初は判らんかった。此れが恋だと判ったのは、お母ちゃんの亡骸を抱えてだあだあ泣く姿を見た時。
潰れるかと思った、心が。
お母ちゃんが死んだのは勿論心が引き裂かれる、引き千切られる程悲しかったが、松山の涙には潰れそうだった。
あかん、あかんよお母ちゃん…、松山が泣いてるよ…
松山が悲しむ事の方が、よっぽど悲しかった。薄情な話、松山が悲しんでるから、お母ちゃんの死が悲しかったのかも知れない。
好きな奴の好きなモンが失せる―――此れ程辛い事やとは思わんかった。
八雲に惚れたのは、そんなお母ちゃんが云う松山に似とったからかも知らん…。
木目が、歪む。歪んで歪んで、耳鳴りがする。
「わ…若頭…?何してますのん…?」
あたしが何時迄経っても雑巾を洗いに来ない事に、京介が様子を見に来た。したら如何した、組の宝が襲われて居るでは無いか。
「御嬢も何してますのん…」
気持良さそうにあたしの胸で寝息立てる松山を剥がそうとした。
「ええ…」
「ええ事ありますか、会長に見付かったらですね…」
「あたしが、ええ、云うてん…ッ」
京介はびくぅと肩揺らし、すんまへん、と下がった。
辛いな、辛いなぁ、松山。
思いが通じひんて…。
がちがちに固まった髪に、あたしは涙を落とした。
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