そんな関係


長兄とは二十違い、次兄とは十三違う。
長兄と私は母親が違う、所謂異母兄弟だが、実兄弟の次兄よりずっと頼りに為り、大好きだ。二十と随分年離れ、父親でも通用するのもある。現に長兄は、親父が十八の時の子供で、二十五の時私達の母親と再婚して居る。長兄の母親は三つ年上で、此れ又頭の良い学者だった。長兄が云うには植物学者。
親父と長兄の母親は離婚では無く死別、長兄が四歳の時と云う。何時も白い服で、手には植物を持ち、だから長兄は、すっかり花売りだと思って居た。植物学者と知ったのは長兄が十三歳の頃、白衣を着、度の強い眼鏡を頭に掛け、植物と煙草を持って、大口開け奇麗歯並びを見せる写真、奇麗と云うよりははっきりした目鼻立ちで、“元気”“明るい”“活発”と云う言葉の似合う人。其の活発さが仇と為り、長兄は四歳で母親を亡くし、親父は妻を亡くした。
死因は溺死、泥濘るんだ場所に足を取られ、大木にくの字に被さり、顔面が水溜まりに浸かった。真っ白な白衣は、茶色に染まり、小柄な為か、大木から上体を反らせる力が無く、又筋力も無く、水が迫り来る苦しさを左右の腕が教えた。爪は剥げ、辛うじて残った爪には泥が食い込み、袖は真っ黒、腕の皮膚迄剥けて居た。突っ張るにしても泥濘るんだ土は腕を滑らす、此れは私にも良く判る、泥濘るんだ土は、私達人間が考える程優しくは無い、此の私ですら、靴底が完全に埋まれば中々抜けない、座って引っこ抜くしか無い、其の土に、一五0センチ無い女が、足は固定され、身体は大木にくの字に被さった状態で上体を支える事は出来ない、突っ張り支える程届かなかったのかも知れない。
親父の絶望は計り知れない、病死なら未だ諦め付く、最悪な別れ方。幼い長兄が状況を理解出来る筈無く、又其れも親父を悩ませた。
――お母ちゃんな、もう会えんけど、ずっとずっと、御前の横に居てるよ――
そうして親父は、お袋と再婚した。此の村で、死ぬ覚悟をした。長兄の母親が、死んだ此の村で。
「丁度、あの辺りやな。」
村人でも滅多な事が無い限り行かない場所、だから珍しい植物があった。
丁度木が開け、真上から太陽の光が当たる。とても明るい場所、其れが救いだったかも知れない。此れが、正反対の山、薄暗いじめっとした場所だったら…。
死に場所は、本人そっくりな場所。
「一週間。一週間して、見付かった。」
死因は溺死だが、発見された時は腐敗し、虫に食い散らかされ、骨が見えて居た。なのに、奇麗に為ったとは云え、状態は酷い、其れに親父が縋り付き泣いたのだから人間とは不思議だ。茜が同じ状態にあったとして、私は同じ事等出来ない。しろと云われても無理、妹になら出来るかも知れないが。
最初は親父、発見された瞬間の彼女を抱き締め様とした。ぐずぐずに腐り、ガスを出す、あの塊に、だ。半狂乱に陥り、余りの喧しさに拘束され眠らされた。
此れを、此の姿を、二十歳だったお袋が見て居た。
――ほんまに、愛してたんやなぁ――
狂人と化した親父を“情深い人間”とお袋は見た。
「ええ男が、ぎらぎらした目ぇで発狂しとるんよ、吃驚したわぁ…」
「其れに惚れる多津子さんの頭、如何為ってるんですかね。」
「愛やん?」
「ふぅん。」
親父の愛は、長兄の母親で枯渇して仕舞ったらしい、発狂した声と共に持つ全ての愛情を無くした。だから親父は、私達子供に余り愛情が無い。何時も何処か見、抜け殻の様にぼうっとして居る。
親父の愛情比率は長兄が勿論一番で、驚く事に私が二番目、次に妹、お袋で、妖怪三姉妹と次兄に対して一切の愛情は無い。私と妹が可愛いがられるのは、長兄から三女迄二年単位で離れるのに対し、私は三女から九年後、妹は私から更に十年後、詰まり私達だけで、親父と長兄の差を埋めるのだ。
妹は五十過ぎの子供、私は四十過ぎの子供だ。茜の父親、義父も茜は四十過ぎての子供だから、孫の感覚、溺愛の対象、遣る事は全て許されて来た。特に私は、親父よりも根が子供好きのお袋に盲愛された。だからあんなに産んだ。長兄は矢張り如何やっても親父の子供で、我が子より可愛いのだが、母親の事も知って居るので、遠慮して居た。
お袋は分け隔て無く、私が生まれる迄接して居たのだが、私が生まれる随分前に長兄は居なく為り、娘達は益々妖怪と化し、次兄は何かもう人類外にしか思えない、愛情を持て余して居た所に、ぽっと私が生まれて仕舞ったのだから、お袋には万歳物だろう。皇太子御生誕、みたく騒いだらしい。故にお袋は「八雲八雲八雲ちゃん」と私を盲愛し、序で生まれた私の顔が長兄そっくりだと、親父も盲愛した。
――八百万の神、八雲ちゃんッ――
増えた、増えて仕舞った。次兄の“九十九の神”より増えて仕舞った。そうして私、斎藤八雲は生まれた。余談だが私、姉達には虐待受けて居たが、両親から叱責或いは暴力を振るわれた事は一度も無い。妹も又然り。
――恭子恭子、最高に可愛いッ、御前は世界一の別嬪やッ――
――神様てほんま居てるッ、娘で一番の別嬪ちゃんやッ、諦めんと良かった、ほんま良かったッ――
私以上に盲愛される妹、私も一緒に為って盲愛した。然し何故だか、姉達の嫉妬は私にしか向かない。多分此れは、妹が、周りから見たら一寸悪い、顔持ちだから。
性格は兄弟の中で一番良い、人懐っこく、愛嬌がある。姉妹仲は三女が一番良好、兄弟で云えば抜きん出て私に為る。
最悪なのは云う迄も無く次兄だが、彼は既に存在を抹消されて居るので考えない事にして、次女だ。此奴が、次兄同様底無しに性格が悪いと来るから始末悪い。
男も女も、二番目が全て悪い。
長姉は長兄に対し、一切の悪態罵声は見せないのだが、流石は二番手、長兄を兄と認めて居ない。次兄ですら兄と認め、友好的なのに。
――連れ子の癖にでかい顔すんな――
此の言葉には長兄大好きの長姉が泣いた。お袋は“大事な出雲ちゃま”を貶され憤慨し、親父は此の言葉で次女を憎んだのだろう、誰が一番嫌いかと聞かれたら「美佐子」と答える様に為った。
なので親父、次女が何か云っても、へぇそう、うんうん、で流す。
盲愛、と云っても茜みたく生きて来た訳では無い。姉達がしたら叱責受ける事でも、私と妹だと何も云われなかったと云うだけ。吊してある大根を間違え破壊して仕舞っても、漬物樽を薙ぎ倒しても、八雲ちゃんに怪我無いならええわい、で終わる。此れが姉なら、御前の所為で冬越せんかったら如何して呉れんの、御前が餓死せえ、と怒鳴られる。
私の先に此の対象だったのが次男、加えて贔屓迄して居たので最悪な男に成り果て、結果は胸糞悪い。
長兄の母親の発見場所に手と花を添えた二人は、太陽を見乍ら聞いた。
「八雲ぉ。」
「何?」
「茜ちゃんと、その…上手く…」
お袋は、由岐城家に対してかなり遠慮して居る。婿に行った訳では無いが、妹の面倒を完全に向こうさんに渡して仕舞って居るので遠慮がある。まさか私が本当にあの金持と結婚する等。婿でも無いのにこんなに良くして貰って良いのか。私が“由岐城八雲”だったら、向こうさんからの援助は喜んで受けるが(此の村の基本がそう)、茜を嫁に貰って居るので、二人は気持悪い。本来の結婚の形、茜が持参金持って嫁いで来たのだ。其の後も何やかんやで金銭的に援助受け、妹迄向こうさんに行って居る。恭子は全く関係無いから、恭子に使う金を如何ぞ娘さんに使って下さいと云うが、茜が受け取らん、と云う事で妹に回って居る。
因みに余談、向こうさんの家に何故か妹の部屋迄ある。実家より居心地良いので、週の半分は向こうに居る。実家にはほら、長姉一家が居るから。
私が茜と結婚したから由岐城家の金が斎藤家に入って居るのに、何をあの妖怪、お岩はんみたいな面下げて我が金の様に使いおって。御前が今、今迄の貧困が嘘みたく贅沢に暮らせて居るのは、私の犠牲の上なんだぞ。判ってるのか、長姉よ。感謝されどでかい面される覚えは無い。不細工なガキ諸共退治されろ。松山辺りに。
そんなで我が斎藤家は、由岐城家に尻込んで居る。
「ほんまに、仲良ぅしてる?」
私も私で向こうさんに、妹と云う人質取られて居るので茜と問題は起こせない。離婚したら何をされるか、次兄以上の面倒が起きる。嫌でも仲良しこよししなければ為らない。
「何で?」
「いや…」
お袋達は顔を見合わせ、なあ、だの、ねえ、だの云う。お袋が云えないのか、親父が云う。
「結構、長い間、一緒居てるやん。」
「七年位居ますねぇ。」
「由岐城さんとも話たんやけども…」
云わんとする事は判る。七年近く一緒に居て、何故子の一人も居てなんだ、だろう。少し特殊故誰も何も云わないが、此れが世間一般の婚姻関係なら、七年も子が出来無いとは充分な離婚理由に為る。
私、思うのだが、嫁が来た時、何故、所謂“姑”と云う生き物はあんなにも権利があるのか。家長は夫、詰まり“舅”なのに、嫁が来た瞬間に何故姑はあんなに威張れるんだろうか。嫁を叱責するのも姑、支配するのも姑、そして何故か大黒柱である舅迄も顎で使い始め、三行半の権限持つのは姑。
不思議な生き物だ、姑とは。
一応茜は斎藤家の嫁こ様だが、はっきりとした家長なのにお袋は弱い。
おかしいやないか。
世間と逆に向かって居る、此の村は。後半世紀もすれば、故郷は世間と真逆の常識を持つかも知れない。
お袋、家長さん、もう少し威張っても大丈夫ですよ…。
抑、七年近く一緒に居て子供が居ないと為ると、何方かに欠陥がある。検査なり何なりすれば良いのだが、此ればかりは私の問題。
だって、ねぇ…?
三ヶ月に一度位ですよ…?
其れで出来たら、逆に凄いわ、褒めたるわ。
然も其の三ヶ月に一度は、計画に計画を重ね実行致して居る訳では無いので、望みは無い。毎月無駄に御苦労さん、茜ちゃん。
「孫なら六人居てますでしょ。今更わいの子供なんか要らんでしょ。」
長兄と三女に二人、長姉と次女に一人、此れ全て女子である。まあ、吃驚です。不細工さもさる事乍ら、女子とは。長兄の子供は問題無い、別嬪さんですよ。矢張り、あの男前とあの京美人の娘である。
「そら、わし等はええがな。せやけど由岐城さん、向こうさん茜ちゃんしか居てないんよ。わし等ん為や無くてやな。」
「そら、婿やったら作りますよ、婿ですから、向こうさんの跡取り作りますわな。せやけど、うちにはもう跡取り居てるでしょ、姉貴の不細工が。わい、斎藤よ?斎藤の名前持ってんのよ?作った所で、由岐城関係無いやん。如何しても由岐城に何かしたいなら、わいと茜離婚させぇ。」
両親は事を荒立たてたく無かったのに、私の性格で全てぶち壊された。お袋は少し腹立ち、ほんなら好きにせえ、と家長権限を発動さし、勝手に帰って仕舞った。親父は、又怒らす、と無言の膨れっ面を晒した。
「八雲ぉ。」
「何やねん、作らんしな。」
「絶対別嬪生まれるがなぁ…」
「知らん知らん。」
「由岐城さんええ加減呆けてまうがなぁ…、茜ちゃん居てなんだ大人しくてなぁ…」
「あの夜叉が呆ける?そんな事あるか、金勘定しとる奴は呆けへんのッ」
根拠無い反論をして、私は山を下りた。




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