そんな関係
大阪の人間から云わせれば、私達は京都或いは兵庫の人間扱いに為る。嗚呼向こうさん、と馬鹿にした様な笑みを寄越す。
大阪人には大阪人名乗るなと云われ、京都人には一緒にしないでと軽蔑され、兵庫人からもいや一寸違うでしょと嘲笑される。
場所が、悪いのだろうか。京都兵庫に囲まれた、詰まり先っぽ、西の方である。大阪中心部に行くより京都か兵庫に行った方が早い場所。
此れでも私、大阪人としての無駄なプライドはありますので(実際プライドも何も大阪人)、大阪人と言い張る。例え、中心部の完全為る大阪人から「御前等は大阪ちゃう」と云われても「大阪です」と名乗る。ええ例え、東京人から「おや、彼方は大阪ですか、京都かと思っておりました」と云われてもだ。
実に判り難いアイデンティティだが、結構大事。
と云うのも、兄弟子二人が本物の京都人なので、大阪人から京都人と云われる私でも、京都人は名乗れない。其れこそ、遺伝子に染み付く厭味な性格攻撃に心が折れて仕舞う。
京の御方の攻撃は、大阪人でもかなりの痛手を負う。
だったら兵庫人名乗れば?と云いたいだろうが、其れだけは絶対に嫌。大阪人のプライド云々、私、斎藤八雲のプライドが許さない。
茜の出身が兵庫も兵庫、神戸。
私のプライドが許す筈が無い。何が悲しくて兵庫人に為らねば為らぬ。
東京に行ったからと云って、私の訛りは崩れない。此れぞ大阪人、恥等持ち合わせて居ない。
唯一つ気に為ったのが、私の名前だった。
常に後部が上がる或いは単調な呼ばれ方をして居た為、此れ老師の時にも気に為ったのだが、東京に住み始めてもやもやし始めた。
全員、私の名を呼ぶ時“八”の部分を強調した。八と雲で区切られて居る、と云えば云いだろうか。私の“八雲”と云う名は、流れる様に単調で発音するのが正しいのに(私の中では)、東京の奴等は皆揃ってレッシェンドで発音する。
そら全国の八雲さんは“八”にアクセントを置くかも知れませんが、其処は、其処はですよ?、私の発音通りに呼んで頂けませんかねぇ…?
出雲大社を、“出”雲大社、とは云わないでしょう…?え?云う?
知らん知らん。
「八雲って、知らん知らん、が口癖なの?」
「は?知らんがな。」
「ほら又。」
延びきった素麺みたいな男、一々煩いのである。
「知らんけどもな、語尾に絶対付くよね。」
「何かあると、知らん知らん、だしな。」
そんなに云ってるだろうか。
「加納元帥の、おやまあ全く全く、みたいな。」
「知らんがな…」
「わはは。」
暇なのか美麗は、一幸の手帳に正の字を書き始めた。今の所、“T”の字に為って居る。
そんなに暇ならまぐあって於けば良いのに。
「あー、なあ、御前等さあ。」
「うん?」
「子供とか、て…如何思う…?」
勝手に手帳を使われる一幸は“止めてね”等と云い乍ら手帳を仕舞う、美麗は其れに難癖を付ける、子供の世話にしか見えない。
然し何だって美麗はこうも幼稚なのだろう。昔、其れこそ、こんな幼稚な行動が似合う時は、しっかりして居たらしいのだが、何故か、自分でも謎な程、年々幼稚化して居るらしい。そう云えば、コハク・ヴォイドも「何故かしら、年々自分が娘と同じ行動をする様に為って、最近じゃ息子と同じ行動をする様に為ってるの。退化してるのよ、其の内襁褓付ける様に為るわ」と生前漏らして居た事を思い出す。此方も、昔はしっかりして、居たらしい。
何だ?
幼少時代出来なかった事をしてるのか?
だとしたら手遅れだろう。美麗は益々退化し、一幸が父親化する。
いやいや待て、案外、本物の退化、老人化で介護かも知れない。
何方にしろ一幸の苦労は決定されて居る。何にせよ、私の名前もまともに発音出来ない一幸の苦労等知った事では無いが。精々、育児か介護をして下さい。
「子供、ねぇ。」
まさに子供を見ている一幸は辟易した顔で、美麗の周りを拭いて居る。
「何?出来たの?」
「漸くか。」
云って美麗は、ストローの紙袋をふっと私の顔面に飛ばした。
「こら美麗、そんな下品な事しちゃ駄目ッ」
「アレダメ、コレダメ、一幸煩いッ」
「煩くないッ」
しっかり紙袋を回収した辺り、育児スキルは高い。
「いや、出来てませんよ。出来るか、あの不良債権に。」
「八雲が子供の話するから、出来たのかと思ったじゃん、紛らわしい。」
「八雲の子供嫌いは筋金入りだからなぁ。」
美麗、今度はコップに空気を入れ始めた。ぶくぶくと、金魚が呼吸して居るみたいだ。
「美麗ッ」
「煩い、馬ぁ鹿。」
「椅子に足乗せるのも止め為さいよッ」
一幸、興奮するとカマ口調に為る。
第一、育ちが違い過ぎる、私達夫婦の様に。此の生粋の坊ちゃんが、放漫に育った美麗の行動に我慢出来る訳が無い。其れでも五年近く惚れて居たのだから、本物なのだろうが。
昔に読んだ本で、上流の男は下女等の明らかに自分とは不釣り合いな女を好み、下級な女は権力と金を持つ男を好む、と云うのがあった。そら、金が無いから金のある男に惚れるのも判るが、裕福男の場合は、支配欲では無く逆、自虐作用らしい。俺ってば何してんだろう、俺なら幾らでも良い女が寄って来るのに、嗚呼でも此の打ちのめされ感…良い!、と云う、倒錯行為、誠変態である。女の場合は、あら此の人、あたしみたいな女に何してるの、やっだおかしい、と為る。
一幸を見ていると、知らされる。此奴の父親も又、全てを手にして於き乍ら、結婚したのは娼婦である。
自虐体質のマゾ親子か?変な遺伝子なのは確定した。
「諦め為さいて、一幸。美麗に今から矯正は無理やて。」
そう、私の様に。
根がオゲレツに腐って居る人間は、一寸やそっとじゃ直らない。
茜も何でったって、こんな男を好きに為ったのか。金持の自虐体質は良く判りません。
「行き成り如何したの、子供とか。」
「いやな、二三日前に一回国帰ってん。ほんで…」
「ほんで?」
私は盛大溜息吐き、額を押さえた。
「お袋等から等々、子供作らんのか勧告が来よった…」
「あはあは。」
手を叩き笑う美麗、一幸は「あっちゃー」と云う顔で珈琲を飲んだ。
「笑い事ちゃうねん。」
「良いじゃないか、あはあは。子供作れば、あはあは。そして半年で虐待死させたら良い、あはあは。」
「一寸美麗、八雲なら本気でし兼ねないから、不吉な事云わないで…」
「嗚呼、煩いな、黙れや、で壁に投げ付けそう、あはあは。」
「ちょぉ待って…、ほんまに未来図が過ぎったから止めて…」
そんな事しない、とはっきり云えない腐った私の根っこ。明らかに美麗の通りに為る。
「騒然な虐待図が我にも浮かぶぞ、あはあは。」
「子供て、如何やったら、好きに為れるん…?」
笑ってないでちっとは考えろ、幼稚女。無駄に乳ばかり出しおって。
「加納元帥にでも聞けば?あの人も子供嫌いで有名だから。でも櫻は育ってる。」
「ゆうてもあっこはお袋さんが見てたやん…、わい、茜しかおらんがな…」
口に出せば出す程、床でぐったりする我が子の姿が鮮明に為る。
子供嫌いでも我が子は可愛い、と子供嫌いの奴でも云うが、何、私は違う、前科がある、茜に対して。ノイローゼにさす程無意識の虐待をして居た。
此れはいかん、躾の積もりだった、で湯舟に沈めて仕舞う。此れ多分だが、本人は本気で躾の積もりで子供に手を出すが、実態は虐待。虐待する側は無意識なのだから。第三者に云われて初めて気付く、私がそうだったのだから。
まあ、“可愛くないから”“泣き止まないから”は自覚ありなので肩持ちしないが。
子供嫌いの私から云わせれば、可愛くないのが煩いのが当たり前、始めから産まなきゃ良い。何を態々騒音を産む、何たる自虐か。
「虐待し様と思って虐待する人間は余り居ないんじゃない…?…いや、一寸待って、御免、此れ僕だ…」
「あー、せや、そう。御前。」
虐待より酷い、拷問をして居たんだ、一幸は。すっかり神楽坂氏が活動しないので忘れては居たが。
確かに私も、荷担した気がする。加納の私怨に。懐かしいな、半年前。
「御免、此れ、一寸、何とも云えないわ…、八雲は、する。」
「おお…?裏切ったな…?」
「裏切るも何も、始めから、八雲はするって云ってたし。」
「神楽坂さんに謝って来いや…」
「嫌だよ、何で。今でも独房にお帰り為さいして遣りたいのに。寧ろ、何で死ななかったんだ、彼奴。死んだら良いのに。嗚呼糞、此れも全て野中の所為だ。あの忠犬が死んだら良いのに。くそ、あの二人組腹立つ…ッ、本気で腹立つ、折迄思い出した。本当、彼奴等、纏めて消えて欲しい。」
此れはいかん、親父同様の“邪魔する奴は排除”の血が荒ぶって居る。
一方、お隣りさんの美麗は、何とも思わない顔で、クリームソーダを飲んで居る。
「折も批判家か?」
「まさか。彼奴にそんな高度な頭は無いよ。通知表、丙しか無いんだよ、猿以下だよ。僕は昔から折が大嫌いなんだ。小さい頃から仏頂面で、ぶすっとしてて根暗で。」
そら御前もじゃないのか?
「加えてナルシストとか、どんだけ救い様無いの?ねえッ、あの顔の何処に陶酔出来るの?誰か教えてよ。」
教えてよ、と云われても、そんな個人的趣味に関心抱く私では無い。個人的にナルシストは大嫌いだが。次兄を思い出すので。
「一幸も虐待するタイプ、と。」
「いやいや待って、僕、子供好きなんだけど…」
「…意外やな…」
「可愛いじゃん。」
此れだ、此れが私には本当に理解出来ない。
「なあ、一寸ええ?」
「うん?」
誰に聞かれて困る訳でも無し、今更小声で話した所で私達の会話は筒抜けて居る、だのに、顔を寄せ、声を小さくした。
「前々から気に為ってたんやけど、其の、子供が可愛え、てヤツな。ほんま、いや此れ冗談抜きに、何が可愛えの…?」
「可愛く、無いの…?前々から聞きたかったんだけど…」
「何処が可愛えの…?」
一幸は黙り、矢張り此奴は頭がおかしいんだろうな、と延びきった素麺面を固くした。
「あれ、でも八雲。」
クリームソーダを飲み干した美麗が、一幸の躾の賜物か、ストロー口を拭き乍ら呟いた。
「妹は…?」
一幸も気付いたらしく、そうだよ、八雲が唯一笑顔見せる人間、と云った。
「妹を盲愛してるから、いけるよ。我が子も、同じに行け。変わらんよ。」
「恭子と不良債権とを一緒にすな、恭子は恭子や。不良債権からは不良債権しか産まれませぇん。阿呆か。」
「茜ちゃんがまずいのかな…?」
「だろうな。」
「因みに八雲、本当に子供欲しがってるのは、何方の親御さん…?」
「茜ちゃあん。」
此処迄一幸を絶望し切らす私は、ある意味天才なのでは無いか。他人の子供事情に良く此処迄絶望し切れる。
兎にも角にも、私に此れ以上不良債権を構える器も余裕も無い。我が子に蛙の洗礼でもさすのか。
美麗は、一人詰まらないで居て、一寸拗ねた様にも見える顔で氷を回した。
「白虎も。白虎と居る時の八雲、優しい顔してるぞ。」
「嗚呼、そうだね。白虎ちゃんにもだ。」
「八雲は、自分の事を、冷たい人間だと思ってないか?」
「え…?」
美麗の指摘に私は不思議な思いを抱いた。
私は自己分析で、嫌いな奴には徹底な迄の嫌がらせをし(姉や茜)、嫌いでも利用出来ると思った奴には従い尽くし裏で利用を目論み(加納や一幸、松山)、付いて行けば安泰と思う奴には偽り無く全てで尽くし(老師と兄弟子)、無害な奴には限りない愛情を与える(恭子と白虎)、そんな奴とした。
然し傍から見たら、ぼーとしてるか怒鳴ってるか、の違いだろう。
「良くも悪くも自己防衛。噛み付くのも自己防衛、甘やかすのも自己防衛、従うのも自己防衛。何がそんなに怖いんだ?八雲。でもね、思うんだ、白虎と居る時は、鎧が無いだろ。あの猛獣相手に、真っ裸じゃないか。」
行為は幼稚だが、美麗は確かに、大人。其れ為りの人生を歩き、全身全霊で感じて来た人間の言葉だった。
「ねぇ八雲。」
人間は、例え、何んな文明人に為ろうが、知識を蓄え様と知識人に寄っても、美麗の云う、所謂“鎧”が無い時は、自分と似た人間と一緒に居る。
美麗にも一幸にも、私にも、忘れられない過去がある。
互いに傷を舐め合って、其れで関係が成り立つ。
「僕さ、初めて八雲に会った時、先ずに白虎ちゃんに驚いたじゃん。」
思い出話に興じる時も、一幸は笑み一つ零さない。本人は笑って居る積もりだろうが。父親が一切笑わない人間、母親も表情が乏しい、そんな中で育ち、笑う事を知る前に最愛の父親を亡くした。其の傷は未だ、一幸に笑顔を齎さない。
「虎だよ?猛獣を当たり前に連れて歩いてるんだ。余りに普通だから、僕にだけ虎に見えて、実際は犬か何か連れてんのかなって。でもやっぱり虎で、みっつぅ…。其れで、嗚呼そうか、猛獣と真っ向から決めてるから違和感あるだけで、八雲には当たり前なんだなって知った。八雲の子供に対する気持って、此れと同じだと思うんだ。頭から嫌いだって否定して。でもさ、思い出してみなよ、白虎ちゃんを。何で最初に飼おうとしたか。」
忘れもしない。
あの猛獣の最期。
人間に遣られた筈なのに、其れでも私を信じたあの母親。何時でも最後の力を振り絞って私に爪と牙を向ける事が出来たのに、其れでもあの母親は、黙って私に担がれた。
私に何かすれば、娘が、白虎迄をも殺されると思って。其れ程迄に強い母親の愛情を、背中でずっと感じて居た。
だから、絶対に守って遣ろうと思った。
母親が守れなかった分を、私が代わりにし様と。
茜も同じ。
茜こそ、あの母親に、自分の母親を重ねたに違いない。深い傷であろう過去を、目の前で見たのだから。
「八雲はね、自分で思ってる程冷たい人間じゃないよ。唯、一寸融通が利かないかな。」
「うっさい…」
「本当に冷たい人間に、あんなに人が集まる?悪いけど八雲、人には恵まれてるよ。其れって、本当は優しいの皆知ってるからだよ。」
「加納元帥を見たら良い。彼奴は見事に、何時見ても一人だ。」
「変なプライド捨ててさ、少し考えて見たら?子供も案外、可愛く思えるかもよ。」
茜ちゃんは趣味じゃないけどね。
余計な事を一つ、大丈夫、私も趣味じゃない。
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