未だ謎


神戸から越して来た女は茜と云い、何が面白いのか、わいに絡んで来た。
わいには姉が三人居る。何れも長女と似たり寄ったりで、暇があれば、わいをリンチに掛けた。
なので、わいは正直云うと、生身の女が怖かった。興味も無かった、ホモでは無いが。
当然、何の興味があるのか、近付いて来た茜にも警戒心と嫌悪があった。話し掛けられても冷たく当たり、其れを妖怪三姉妹に知られては「茜を苛めなや変態」とリンチに遭った。
手当をして呉れたのは、何時も茜だったが、要らん、とぶっきら棒に手を振り払った。其の都度茜は、泣きそうな顔で俯き、わいも中々に酷い、流石は在の妖怪に関わって居るだけある。鬱陶しいねん自分、と跳ね退けた。
其れでも茜は日に一度、わいに会いに来た。学校でも顔を合わせるのにだ。姉達に会いに来るのは口実で、茜はわいが帰宅する迄、女中達に「早目に御帰り遊ばし」と云われて居るのにも関わらず居た。当然気味悪い。御帰りと云う茜に視線も合わせず部屋に入った。
其の妖怪の群れには、大好きで堪らん、一番下の妹が居た。だからわいは、真直ぐ向いた侭「恭子」と呼ぶ。茜が此処に来た時は未だ居らず、次の年位に生まれた。
三歳の恭子は短い足でバランス悪くわいに近付く。此れが妖怪の血が混ざる女とは思えない。
「兄ちゃん、御帰りなぁ。」
「只今ぁ。」
「今日は何して遊んで呉れんの。」
「謙太と光大居てん。双六しよか。恭子、好っきゃろ。」
光大とは、中学に上がった時出来た友達である。此奴が又悪く、授業中、数学が理解出来無いと奇声を発する。身体能力がずば抜け、体育以外に興味は無い。
「双六ぅ、うん。好きゃあ。」
「恭子ちゃん、今日も可愛えなぁ。あ、今日はぁ。」
「謙太、関わりなや。」
わいは今、十三歳である。姉との関係は、逆転した。遡る事半年前、日課のリンチに遭って居た際、殴り返した。
其の前にわいは学校で、茜に関わって居た。
其れが苛立ちとなり、帰宅した矢先雑誌を買って来いと次女に蹴りを入れられた。頭の中で何かが切れ、身体が勝手に動いた。無言で姉を殴り付け、吹っ飛ばされた姉は痛い痛いと泣き喚いた。其れもそうで、鎖骨が折れて居た。成長した自分の力に、わいは怖く為ったが、謝ら無かった。謝ったのは、恭子にだった。
恭子は何時も、わいが帰宅すると一目散に寄って来る。此の日もそうで、わいは恭子の目の前で姉を殴り飛ばしたのだ。姉の泣き声より恭子の泣き声にわいは謝った。謝る相手が違うと云われたが、黙れと怒鳴ると、姉は痛い痛いとのた打ち回った。地面に捨てられた魚みたいな無様な姿だった。
「御免なぁ、御免なぁ恭子。」
「兄ちゃん怖いわあっ」
「怖ない怖ない。御免なぁ。御免な恭子。」
其れを光大が玄関先で見て居た。
わいと妖怪姉妹の形勢が逆転したのを見て居た光大は、当然挨拶もしない。偶々居た兄には挨拶して居た。
「………兄さん…?」
光大が挨拶した為、わいは長男の、在の秀才兄貴の存在を知った。
「兄さん、何してるんですか。御帰り為さい。」
村一番の秀才兄貴は、秀才らしく、地学者である。わいが考古学に興味を持ったのは兄の影響だ。わいは、兄を尊敬して居た。同じ兄弟とは思えず、又年も異様に離れ、ずっと此の家には居なかった。気が向いた時、此の村の調査をしに来る。兄であるのに兄には思えず、わいは兄に対して敬語で話す。兄は其れを他人みたいだと嫌うが、尊敬して居る為敬語を貫いた。
「恭子と、御前の顔、見に来てん。」
嬉しかった。素直に嬉しかった。泣きそうに為った。然し、次の言葉に腹が立った。
「本当に会いたかったんは、茜やけど。」
云って兄は茜の腰を引き寄せ、頬を擦り寄せた。秀才兄貴、頭も凄いが女への執着も凄い。村一番の兄は、何も頭だけ一番な訳では無かった。容姿も又、村一番であった。
斎藤の所は、坊主達の顔は良いが娘達は両親そっくりでそうでも無い。
村の不思議の一つである。
兄に抱擁を受ける茜は困り顔であしらうが、兄には関係無い様であった。
「自分等、よぅ覚えとき。茜はな、ど豪い別嬪に化けるで。」
だから今の内に唾を付けて於こうと兄は笑う。女好きの謙太は、秀才は皆女好きになる方程式でもあるのか、ほんまですか兄さん、と詰め寄った。
「ほんまや。目鼻が見てみぃ、別嬪や。女はな、十七過ぎたら瞬く間に化けるで。」
季節が変わるが如く変貌すると。
「茜、今から俺と付き合おや。」
「嫌や、絶対。謙太嫌いや。」
「何でや。」
「うち、一重の男、よぅ好かれへんねや。」
謙太、頭は良いが顔は並だった。悪いとは云わない。一人で居れば、まあ格好良いとは思う。然し謙太は、何時もわいと一緒に居る。其の為、比較対象物のわいが、此れ又何の因果か、兄の居ない今、わいは村一番の美男に為って居た。次男の兄も、既に此の村には居ない。可哀相な事に謙太、大して顔は良くないと思われて居る。
光大は既に論外である。わいは時折、不細工やなぁ、とからかって居た。其の都度光大は、ええねん、男は心や、そう云う。
「ほんならわいは。」
二重のわいは恭子を見た侭云った。
茜は一瞬口篭り、御免、そう云った。わいには其れが、断りの御免と感じた。
聞いて於いて何だが、茜の返答に興味は無い。わいの興味は、恭子と双六する事に向いて居る。
「兄ちゃん、早ぅ双六したいわ。」
「せやな、ほんなら行こか。」
「俺も呼ばれよ。」
散々茜に絡んで居た兄は一瞬で興味を失せさせ、立ち上がった。そして俺と並ぶと、頭に手を置いた。
「でかなったなぁ、なんぼ?」
「一七0…半ばちゃいます?」
「成長未だ終わて無いやろ。」
「さあ。終わったんちゃいますやろか。よぅ判らんのです。」
「関節痛いやろ。」
「もうめっさ。」
「ほんなら高校迄伸びるわ。ほんで、大学位になったら、一気に変わる。此れ、ほんま。」
兄は何でも知って居る。何でも。茜が必要以上にわいに関わる理由さえ。




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