二束三文の対価


幾ら娼婦とはいえ、行き成り客等付きはしない。遊郭だってそう。最初は皆、雑用から始まる。
そうして此処桔梗館は、金持ちを相手にする、赤線の頂点に君臨する高級娼館――娼婦の憧れの館。其れが、救いの様な気がした。贅沢なのは判っているが、如何せなら金持ちが良い。其れも、爺は嫌だ。そんな選べる立場でないのは重々承知だけれど。
母様は勿論、其処に居る姉様達も、其れは奇麗だった。金魚の鰭の様なスカートをひらひらと靡かせ、笑っていた。
桔梗館に足を踏み入れて半年、私は初めて客を付けられた。いや、付けて頂いた。
陸軍元帥木島和臣、其の人だ。
何故私が、そう思った。元帥なんて、一生見る事は無いと思っていたから。
まさか其の雲の上の様な人が、私の人生を大きく変える等、私は未だ知らなかった。
私が選ばれた理由。
此の元帥様は、初物が好きだった。
そう、処女が好きで好きで堪らないのだ。何と云う変態だろう。思うが、口には決して出さなかった。出せば母様の鞭が飛ぶ。其れを私は知っている。
此処に居る姉様の大半は、其の処女を此の元帥様に差し出した。そうして二三度相手をして、後は放置するそうだ。
元帥様の好みは、細い、雪の様な白い肌をした女。
詰まり、私だと云われた。
嬉しいのか嬉しくないのか良く判らない。光栄だとは、思う。
心臓が、痛い。元帥様に会う等、恐ろしい。私は、痛む心臓を抑え乍ら、ドアーが叩かれるのを待った。
時計の秒針が、嫌に響く。
心臓が、破裂するかと思った。ドアーの音は、其れはもう大きく、耳元で太鼓を叩かれた気分だった。息を飲み、開くのを待った。美しい母様が、薄く笑っている。
「御気に召して頂けたら、光栄だわ。」
甘い息遣いに強く目を瞑り、近付く気配を感じ取った。
嗚呼、怖い。
目を開けた時、どんな人が立っているのだろう、元帥という位なのだから、爺に違いない。
薄く目を開け、曇り一つ無い、黒く光沢を出す靴先を視界に入れた。紺の、裾。嗚呼、軍人だ。
私は顔も上げず、其の侭床に膝を突いた。元帥様の、靴先だけを見詰めて。そうして其の侭三つ指折り、深く頭を下げた。震える指先が、はっきりと判る。まるで、風に揺られる枝の様だと私は感じた。
ドアーは静かに閉まったのに、酷く大きい。耳の中で反響していた。
「顔を上げろ。」
其の声が酷く怖い。囁く様に云ったのだろうが、今の私には怒号にしか聞こえなかった。其れ程私は、怖くて怖くて堪らないのだ。
上げたいのに、震えと緊張で身体が動かない。そんな私に、溜息一つ。ゆっくりとしゃがむ気配を知り、私は又目を強く瞑った。
「怯えるな。」
細い指が顎に触れ、其の侭上げられた。目が、開かない。目と口を固く結んだ侭、秒針の音を聞いた。
「本当に、白いな。」
「え?」
其の声に私は薄く目を開けた。
初めて見る元帥様は、奇麗な顔をしていた。凄く若くて、想像していた者とは全く違った。
言葉が出ない私に、元帥様は、目を細めた。
「俺が、最初は嫌か?」
そう笑った顔、奇麗と素直に思った。私は首を振って、又頭を下げた。
「光栄に御座居ます。」
母様からそう云えと云われていたが、此の言葉は本心だった。
「そうか。」
元帥様は薄く笑って、床に座った。
「抱き締めて、呉れるか?」
辛そうに笑った顔。私は、此の細い腕で、元帥様を強く抱き締めた。




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