ウェストウッド通り


雨の降る日、イヴとケネスは口論した。最初は良い雰囲気だったが、ケネスの一言にイヴは機嫌を悪くした。二人の口論の声は雨に消され、他人に興味の無い隣人には聞こえる筈が無かった。

「だから、如何してそういう事を云うの?」
「イブは俺の彼女だろう?俺が居るのに、他の男に色目使うなって云ってるんだ。」
「私が色目を使ってる!?何時よ。云い為さいよ。何時、何処で、私が色目を使ってるって云うの!?」

ケネスが云ったのは、こうだ。
あのバーでイヴは他の客を見る、其れが娼婦みたいだと。
イヴにそんな積もりは無い。酒が入り、緩やかな音楽もある。ケネスが来る迄の間、暇だからと踊って居た。其れの何が悪いのかイヴには判らない、娼婦と云われた意味も判らない。
何だ、娼婦とやらは、ベッドの上以外で踊る女を指すのかと。
ケネスの子供染みた嫉妬にイヴは呆れ、何か云おうとしたが堪え、静かにドアーを開いた。

「帰って。そして二度と来ないで!」
「何で俺が悪いんだ!?」
「だったら私が悪いとでも云うの!?私を娼婦って云ったのよ!?何よ此の侮辱。初めてだわ。最低よ、貴方。顔も見たくない。…帰って!」

ケネスの腕を引き、無理矢理ドアーの外に出そうとイヴは頑張ったが、此の体格差では無理だった。反対にイヴの腕が引かれ、抱き締められた。

「悪い、俺が悪かったよ。だから帰れとか云わないでくれ。」
「離してよ!触らないで!貴方が今追ってる犯人見たく噛み千切ってやりましょうか!?」
「イヴ、頼むよ。悪かったよ。」
「最低…」

イヴは吐き捨てる様に云い、ケネスの胸を押しやった。テーブルに置かれた酒瓶をイヴは掴み、一口飲むとケネス目掛け投げた。上手く交わしはしたが、壁に当たった瓶は派手な音を立て床に酒を撒き散らした。
イヴに呼ばれ、ドアーの傍に立っていたアイヴァンは自分に飛ばされたのかと驚き、然し中は険悪で、開きっぱなしのドアーを静かに叩いた。

「僕、帰った方が良い?」
「アイヴァン…?何で居るんだ。」

ケネスはイヴを見、眉を顰めた。其の目は、等々バーテンダーも手玉にしたのか、と語る。

「イヴが、頭痛いから、アスピリン持って来てくれって、さっき…」

気拙い雰囲気にアイヴァンは弱々しく来た理由を述べ、両手を上げながらテーブルに近付くと、素早く薬瓶をテーブルに置き、又手を上げた。交互に二人を見、ゆっくりと後退した。

「喧嘩…?」
「だったら何よ!」
「失せろ!」
「失せます!」

張り上がる二人の声にアイヴァンは鼠の様に去り、暗い廊下に靴音を響かせた。
イヴは首を掻き、テーブルに乗る瓶を手にすると蓋を開け、徐に薬を掌に乗せた。そして其の侭勘定もせず手の中を空にした。

「一寸、何してるんだよ!」

ケネスの飲んでいた酒で流し込むイヴの姿にケネスは慌て、グラスを口から離そうとしたが零れるだけで、イヴは鼻を鳴らした。

「触らないでって云ったでしょう、クソッタレ。」

イヴはもう一度鼻を鳴らすと煙草を掴み、火を点けケネスを見た。

「何見てるのよ!帰ん為さいよ!クソッタレ!」

空になった煙草の箱をケネスに投げ付け、イヴは其の侭顔を覆って椅子に座った。

「イヴ、イヴ。悪かったよ。仲直りしよう、な?」

細い指に挟まる煙草をケネスは取り上げ、顔を覆った侭のイヴを抱き締めた。

「娼婦を宥めるのも大変ね、刑事さん。」

充血した目に作り笑い。ケネスは唇を噛むと、無言で部屋を出た。
雨の音が、窓に激しく当たる。其れが妙に面白く、イヴは小さく笑い出し、けたましく笑った。




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