ウェストウッド通り


「最近機嫌悪いなー、ケネス。」

書類を見ていたケネスは、其れを同僚に取り上げられ、何も無い自分の手を暫く眺めた。同僚は其の侭ケネスの顔に顔を寄せ、意地悪な笑顔で聞いた。

「イヴと別れたのか?」
「喧嘩してるだけだ!」
「おー、怖。」

同僚は笑い、仕事している部下達に云った。

「エリオット刑事は女とヤれなくて気が立ってる。怒らすなよ。」

腰を振り乍らからかう同僚。部下達は笑って良いのか良く判らないが、笑った。ケネスは笑っていない。少しは笑ってくれるだろうと思ったが、裏目に出た様だ。

「ケネス。女は他にも居るだろう。」
「例えば?」
「俺達が今尻を追ってる最高の女とか。こんな大人数から一度に尻追い掛けられるなんて、そう無いぞ?最高のビッチだな。」

又腰を振る。

「俺も御願いしたい位ですよ。」

一人の部下が云う。

「んー、良いな。俺も御願いし様かな。喜んで“や”って呉れそうだ。」
「喜んで、ね…」

ケネスは笑わず紫煙を吐いた。
喜んで……犯人は本当に喜んで犯行を繰り返して居るのだろうか。そんなものは、微塵も感じない。寧ろ、悲しんでいるんじゃないかと、ケネスは思う。

「噛み千切ったナニは、如何してると思う?」
「何が?」
「死体は見付かる。けど、今迄一度も其れは出て来てないだろう?如何してるんだろう。」

ケネスは唸り、唇を触った。

「犯人はダイクとか。」
「何でだよ。」
「本当は男になりたいけどなれなくて、そんな自分を買う男が憎くて、ナニを噛み千切って、ディルドにして使ってる。」
「詰まらん。もっとましな事を云え。」
「唯一つだけ云える。」

同僚は机に座り、伸ばした人差し指を振る。

「最高に良い女で、最高にいかれてる女って事。」
「だったら犯人はイヴだ。」

云ったケネスの背中を、同僚は頷き乍ら見た。

「もう直ぐ六月だ、ケネス。」
「お前の誕生日は先週だろう。俺は二月だ。」
「じゃなくて、六月のイングランドって、どんなだ?花嫁が一杯居るな、其れは何でだ。」
「ジーザス…」
「今の所被害者は九人、六月…一気に跳ね上がるな。」
「違う意味で教会の鐘を鳴らしてやる。」

花嫁には白が似合う、イヴは果たして何方が似合うのだろうか。


「最近、イヴを見たか?」

ベースを抱えた侭寝る奏者を一瞥したケネスは、氷を揺らした。
飲んでも飲んでも全く酔えない。今迄であるなら、此処迄の肉体的疲労を覚える身体はすんなりアルコールを吸収し、些細な嫌な事も忘れ簡単に眠れた。其れが、イヴと喧嘩して一ヶ月、精神的にも追い込まれて居るのに酔えなかった。
いや、だから酔えないのだろう。
過剰に逆立った神経ではアルコールをアルコールと見做さず、一層逆立てた。然しケネスは、決して荒い飲み方はしない。普段と変わらぬ飲み方で、アルコールが身体に馴染むのを待っている。御蔭で量は普段より多くはなって居るが、負担は余り無いだろう。
其の点をアイヴァンは感心した。
世の中には、現実逃避に酒を用いる阿呆が存在する。其れで死のうがアイヴァンの知った事では無いが、酒との甘い時間を提供するのを仕事に持つアイヴァンは、荒い飲み方をする人間が大嫌いだった。大概そんな人間は自宅で妄想と現実を行き来して居るが、辛うじて現実が判る人間が客として来る時もある。其の時のアイヴァンの機嫌の悪さと云ったら無い。呂律の回らない客の注文を無言で受け、荒くグラスを置き、潰れ様ものならゴミと一緒に閉店後“不用品”と貼り紙し捨てる。
ケネスは其の点、しっかりして居た。
四杯目のグラスを置いた時「今日は此れで終わり」と一緒に言葉を出した。ケネスは淋しそうに頷くだけ、アイヴァンの機嫌を損ねる事はしなかった。

「最近イヴさ。」
「ん?」
「燻製作りに嵌まってるんだよ。」
「変な物に嵌まるな。結構面倒だぞ、あれ。」
「僕も貰ったんだけどさ、何か好きになれなくて、…食べる?」
「何の燻製だ?」

冷蔵庫を開けたアイヴァンは間延びした声を出した。

「卵、魚、ソーセージ、チーズ。」
「良いな、涎が出て来た。」
「嗚呼、ブランデーの匂いとチップの匂いって合うもんね。」

嗚呼、と又心で漏らした。
イヴが態々燻製という手間を掛けた理由。単純に臭い消しが目的だと思った。勿論其れもあるが、一番はケネスの趣向。

「愛されてるね、ケネス。」
「ん?」
「そうか、だからか。」
「なんだよ。」

チーズを摘まんだケネスをは鼻腔に燻製の匂いを送り、そしてブランデーの匂いを絡めた。

「僕、ラム派なんだよ。」
「へえ。」
「ラムと燻製って合わないんだ、今気付いた、だから好きになれないんだ。」
「其れ、ブランデーが草っぽいって云いたいのか?」
「でも、匂い的には似てない?」
「何とも云えんよ。」
「で、ケネスってブランデーが一番好きじゃん?」

アイヴァンが何を云いたいのかはっきり判ったケネスは、気不味そうに魚の燻製をフォークで刺した。無言で咀嚼し、噛む程燻製特有の甘さが口に広がった、まるでイヴが愛情を広げて居る様に。

「イヴは絶対に謝らないよ。そういう性格だもん。」

カウンターに頬を付け、アイヴァンは上目で教えた。

「判ったよ、謝れば良いんだろう。謝れば…」

突き刺さるフォーク、皿から離れたソーセージをアイヴァンは追い、咀嚼され、喉を通過する迄瞬きはしなかった。




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