ウェストウッド通り
黒い海、満月が真上にある水平線の周りは黄色と綺麗な青をする。微かに見える雲の姿、ゆっくりと撫で、其の侭破り捨てた。
代わりに映る六月のカレンダー、暗黒の空に三日月が浮かんでいた。
破り捨てた五月のカレンダーを其の侭にイヴは鋏と額縁を探した。鋏は簡単に見付かったが、当然額縁等見付からない。明日天気が良かったら買いに行こうと床に座り、カレンダーを拾い上げた。
手元に残る空の一部にイヴは満足し、鋏を片した。どんな額縁が良いか楽しく想像しているとドアーから乾いた音がした。時計を見ると九時前で、アイヴァンが来るにしては中途半端な時間、店は八時が開店時刻だ。アイヴァンが来るとしたら店が始まる七時迄か、店が終わった二時過ぎ。尤も、店が終わって来る場合はイヴと一緒である。
又、ノックがあった。
ドアースコープから廊下を窺うと、カレンダーが違う月模様を映していた時に会ったっきりの顔があった。
「イヴ…」
ドアーチェーンの奥にあるイヴの目を見下ろし乍らケネスは云った。
「今晩は、エリオット刑事、聞き込みですか?」
見詰める漆黒の目は自分を映しているのか、ケネスには判らなかった。唯此処で声を荒げても、感情を見せても、イヴには全く効果が無い、無意味なものでしか無いのは判る。
ケネスは壁に手を付き、少し腰を落とした。
相手が女性の場合目線の位置を同じにする…ケネスが聞き込みをする時にする癖だ。同僚には“フェミニスト野郎”と良く思われないが、190近い長身と警察と云う職業柄、小柄な女だと恐怖で口を閉じてしまう。其れで無くとも、聞き込み調査と云う非日常的な要素がある。
「今晩は、少し御時間宜しいですか。御聞きしたい事が。」
「何でしょう。」
「今、フリーですか?」
金色のチェーンを挟み、ケネスとイヴの目が重なった。
「いいえ。」
「残念、恋人の名前を聞いても?適当な罪を擦り付けて逮捕し様かと思いますので。」
「ケネス・エリオット、職業は刑事で、貴方にそっくりです。」
「名前も同じですね。」
「そうですね。」
ドアーは静かに閉まり、金属の音が小さく響いた。
「入れば?」
ドアー越しに聞こえる声。
「其れは刑事としてか?恋人としてか?」
「刑事を入れる理由は無いわ。私は何もしてないもの。」
「最悪な恋人だよ、お前は。」
後ろから伸びた腕はしっかりとイヴを抱き締め、手には細長い箱を持っていた。
「かなり高かった。でも約束だったから。」
「覚えてたの。」
「いや、本当は忘れてた。」
首筋に冷たい感触が列を成した。
ネックレスを弄ぶ指先、ケネスの指も絡んだ。ゆっくりとパールを絡め乍らイヴの唇に押し当て、親指で開いた。肉厚な唇にパールは挟まり、其れごとケネスはキスをした。
「ケネスって、正直者なんだね。」
「まあ、なあ…。刑事が法螺吹き野郎じゃ世話ないからな…」
「ねえケネス。」
置かれたビール瓶、生憎イヴの家にブランデーは無い。だからと云ってケネスの為に買う女でも無い。ケネスは毎回素直にイヴの差し出す酒を飲む。
刑事の癖に、何故人を疑わない。
世の中を見てみろ、嘘に溢れている。
「貴方の愛は、本物だったかも。でもね刑事さん…」
カウチに横たわるケネスの顔を覗いた。眉一つ動かさず、寝息も立てず、半分開いた目でイヴを見詰めていた。
「正直者は馬鹿を見るのよ…」
テーブルに置かれた侭のカレンダーの写真、イヴはそっとカーテンを引かない窓に重ねた。
「今日は晴れよ、刑事さん。」
娼婦の定義はイヴには判らない。愛情が無く、何等かの対価が肉体ならば、私は間違いなく娼婦だと、首に流れるネックレスを触った。
「有難う、ネックレス、欲しかったの。」
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