ウェストウッド通り


アイヴァンが何時もの様にグラスを拭いているとヴァレリーが現れた。アイヴァンは少し笑い、布巾を持った手を空中で動かした。

「御好きな席にどうぞ。」
「君の前でも良い?」

聞いたヴァレリーにアイヴァンは笑い乍ら眉を顰め、耳朶を掻くと如何ぞと云った。

「何を。」
「被害者達のナニでも、貰おうかな。」

アイヴァンはグラスを見た侭瞬きを繰り返し、ゆっくりと挑発的な顔をするヴァレリーを見た。

「何時のが良いですか?」
「ケネスの、あるか?」
「生憎其れは無いですね。」

ヴァレリーから顔を離したアイヴァンは横の席のグラスを掴み、中身を捨てると新しく作り始めた。

「誰かと思ったら、ケネスの同僚さん。ケネスのナニが何だって?」

化粧室から戻ってきたイヴは皮肉な笑みを浮かべていた。
背中に電流が走った。
ずっと探して居た人物が目の前に居る…。
何十人もの男達が血走った目で追い掛ける女。イングランドの男達を恐怖の息遣いで狙う女。目の前で息をし、瞬きを繰り返し、甘い声を出している。
興奮と恐怖と歓喜がヴァレリーの腰回りを優しく愛撫し、じんわりと首筋が湿った。

「ヴァレリー・デスタンだ。宜しく、イヴ。」

差し出されたヴァレリーの手をイヴは一瞥すると、眉を上げた顔で握手をした。

「仏蘭西人?」
「嗚呼。其れがどうかした?」
「私、仏蘭西人嫌いなの。」

ネックレスを弄るイヴからヴァレリーは視線を動かし、アイヴァンを見た。

「そうよねアイヴァン。」
「嗚呼。イヴは仏蘭西人が嫌いだ。心底ね。」
「何故?」

イヴは細めた目を向け、口角を上げた。

「貴方刑事でしょう?」

其れ位判れと、イヴは新しく酒の入ったグラスの置かれる席に座った。煙草に火を点けた手をイヴは振る。

「嗚呼、そういう事か。」

母親を殺した人間は、仏蘭西人。
イヴは灰皿に煙草を置くと、ヴァレリーに少し寄り、囁いた。

「だから貴方を、殺してあげる。手首を切断してね。」

イヴは残りの紫煙を吐き出した。

「ピアノは弾かない。ナニはあるが。」
「そう、残念だわ。」

身体を戻し、アイヴァンと話し始めた。濡れた布巾で手を拭き、色の取れた唇を触る。此れにケネスはいかれたのかと、勝手に置かれたヘネシーを飲んだ。

「私の美しさって、如何かしら。」
「…僕は興味ないけど。」
「俺は好きだよ。其のいかれ具合もね。」
「あっそ、私は嫌。仏蘭西に帰ってエトワールとファックしたら?」

詰まり、自分の美しさはエトワール凱旋門と同じだとイヴは云う。そして、どんなにファックし様と凱旋門はあんたに興味は無い、とも。
イヴの攻撃にヴァレリーは笑い、グラスを鳴らした。グラスの音に紛れ、店のカウベルが鳴る。視線を向けたアイヴァンは驚くとイヴに顔を動かした。イヴと同時にヴァレリーも顔をドアーに向けた。

「ヘンリー。やだ、会いたかったわ。」

笑顔でイブは椅子から降り、ヘンリーと呼ばれた軍服を着た男に抱き付き、そしてキスをした。
ケネスが死んだのは一ヶ月前、其れから今日迄に五人が死んだ。
一ヶ月で新しく恋人を作れる神経も凄いが、何の躊躇いも無く恋人を殺した後に五人殺せる神経も凄い。精神構造がおかしいとしか思えない。

「ロイヤルネイビー?」
「ええ。」

ヴァレリーは嫌そうな顔で顔を戻し、唇を鳴らした。

「俺はロイヤルネイビーが大嫌いなんだよ。」
「母親がロイヤルネイビーの男と逃げた?パリジャンさん。」
「全く其の通りだよ。」

ヴァレリーは酒を一気に飲むと適当な金額を置いて椅子から立った。
イヴを見下ろし、ヘンリーを見た。

「ナニを切り取られん様にな。」
「其れは、自分に対する皮肉?自虐は流行らないよ。」
「あん?」
「さっさと帰りな、此の玉無し野郎。人を連続殺人犯呼ばわりして。」

二人は笑い、怒りの混じった顔でアイヴァンを見たヴァレリーは目を上に向けた。

「此れだからイングランドは大嫌いだ。」
「気が向いたら又どうぞ。今度いらっしゃる時迄に、御仲間のナニは用意しておきますので。」
「結構だよ。二度と来るか。絶対捕まえてやるからな、覚悟しろ。バーテンダー、お前もだ。」

ヴァレリーの言葉にアイヴァンは床を見て笑い、腕を組んだイヴは顎を上げた。

「私の大事な場所は顔よ。」

憎たらしく笑う顔に荒々しくヴァレリーはドアーを開け、イヴは手を振った。

「あの男何?」

激しい剣幕に圧倒されたヘンリーは、人の良さそうな顔で聞いた。

「唯の玉無し野郎よ。殺す価値も無い。」




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