ウェストウッド通り


「二度と、来ないんじゃなかったんですか?デスタン刑事。」

客が居ないのを良い事に食事をして居たアイヴァンは、柔らかいカウベルの音と一緒に呟いた。妙に静か、其の筈で、今日は演奏者が全員居なかった。
他の店はどうか知らないが、何時客が来ても良い様に音楽だけは常に流れている。特に今は夏、窓とドアーを解放している為、前を通るとリズムに誘われる。
今日ドアーが閉まって居たのは演奏者が居ないからだった。そうで無ければ開けたドアーから通行人にアイヴァンはチラチラと見られ、落ち着いて食事も出来ない。客が望めばレコード位は掛けてやる。

「何食べてるんだ?」
「ソーセージとほうれん草のカルボナーラ。」
「一寸美味しそうじゃないか、俺にも作って呉れよ。」
「20ポンド(4000円)だけど良い?」
「おい、何でそんな無駄に高い。」
「だって僕、お金欲しいもん。」

メニューには、10ポンドとある。其れでも微妙に高いなと感じる。

「嗚呼此れね、チャージ料入ってるんだよ。食事しない人には5ポンドのチャージ料貰ってるの。」
「嗚呼。何て良心的な店何だ。ん?おい、俺からぼったくるなよ。10ポンド懐に収める気か。」
「じゃ作らないね。」

スパゲッティに絡まる黄色い液体、共に咀嚼されるソーセージ、じっとりとヴァレリーを見詰めた侭アイヴァンは食事を続ける。
唇から抜かれるフォーク、ソースの付く上唇を舌先で拭った。動く喉元を、アイヴァンは見逃さなかった。

「食べたい?」

緑掛かるブロンドの前髪が、ヴァレリーの欲望を突き放す様にグレイの瞳に掛かる。其の目を良く見ようと前髪をずらした時、ドアーから咳払いが聞こえた。

「やあイヴ、いらっしゃい。」
「お邪魔だったかしら。」

ヴァレリーを見た侭答え、イヴの靴音が近付く。今更慌てるのも無意味で無様な話、イヴが定位置…カウンターの端に座るのを確認してからヴァレリーは手を離した。

「私、ハイボール。」
「其方の刑事さんは?」
「ルージュ…、Vin rouge...」
「D'accord,Monsieur.」

イヴは上体乗り出して迄ヴァレリーの顔を見ようとするが、弱味とも取れる場面を見られたヴァレリーは背を向けた侭、アイヴァンは口元を此れでもかと緩めている。

「やだ刑事さん、ソッチ?」
「話し掛けないで呉れるか、ペニスを狙われたら敵わん。」
「私だって選ぶわよ?」
「今のは自供と取って良いのか?」
「刑事さんのペニスが無くなったら犯人は僕ね、イヴ。」
「判ったわ、通報して於く。」

白い小皿に盛り付けられたソーセージとチーズの燻製、イヴの皿には鳥肉の燻製とピーナッツが乗る。ヴァレリーはアイヴァンを見る事もせず小皿に手を伸ばし、ソーセージを口にした。
次迄に御仲間のナニは用意して於く―――。
ピーナッツを食べるイヴは口角と眉を上げ、赤ワインの流動を眺めた。




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