ウェストウッド通り


「何で呼ばれたか判るか?」

隣同士の部屋で、二人は同じ質問をされた。
二部屋を監視する巨大な鏡を刑事達は眺め、向かって右の部屋に視界は集中する。
一年近く追い掛けた女が、目の前で息をする。
初めてイヴを見たヴァレリーと同じ感想と興奮、そして、ヴァレリー以上の怒りを持った。
静かに開くドアー、刑事達の視界は少しだけ動き、入って来た男が見易い様に身体をずらした。

「エリオット刑事も、デスタン刑事も、常連だった…」

右側に集中して居た視線は、少し左に移動した。
横向きで、ふてぶてしく足を組み構える右側とは随分違う態度で、左側の声は部屋に震えた。

「常連…、エリオット刑事はそうだろうな。」
「デスタン刑事も…時期は違うけど…常連だったよ…」
「エリオット刑事が死んだ後からのな。」
「其れ以上云わないと行けないの。」

刑事を窺うアイヴァンの視線とイヴの声は同時だった。
足首を揺らし乍らネックレスを弄るイヴの視線は、鏡越しの刑事達に向いて居た。

「付き合ってた。其れは確かよ。でもね刑事さん。」

肉厚な太腿が一度動き、後から入って来た男を睨み付けると目の前に座る刑事に向いた。
マジックミラーなのは知れて居るが、人物の立ち位置迄把握出来る訳は無い、偶然視線が向いただけだが、挑発されて居る様に男は思えた。

「捜査官?」

鏡に顔を寄せた男はマイクの電源を入れ、イヴに囁き掛けた。

「最近、青空を見たのは何時だ?」
「は?」

天井に設置されるスピーカーにイヴは向き、何故かスピーカーに向かって話し掛けた。
マジックミラーなのは判って居なかったらしい。知る人物であるならスピーカーでは無く、壁に向かって…自分達に話し掛ける。
本当にイヴは偶然を重ねて居た。

「生憎私は昼間は寝てるのよ。尤も、貴方もロンドンの刑事なら、ロンドンの空がどんな物か知ってるでしょう。」

イヴの云う通り、晴れて居ても急速な発展を遂げるロンドンの空には黒いスモッグが常時する。此処に居る刑事達も、月に一度、本物の青空をロンドンで見れたら良い方だった。其れ程ロンドンの空は有害な膜に覆われて居た。スモッグが晴れても、今度は霧が存在を主張する。

「残念だけど俺、ロンドンには来たばかりなんだ。」
「そう、じゃあ教えてあげるわ。ロンドンで青空は望まない方が良い。」
「でも君、久し振りに青空見たって聞いたけど。ロンドンで。」
「え?嗚呼…、あれは例えよ。」
「例え?」
「今の恋人が、青空みたいな目をしてるから。」

マイクは切れ、刑事達にもイヴにも質問の意味は理解出来なかった。

「捜査官?」

刑事達を見ず男は分厚いファイルを持ち、部屋から消え、暫くすると右側の部屋に現れた。

「代わる。」

ブルネットの長い前髪を揺らし、大股で刑事に寄った男は肩を叩き、スチールデスクの上にファイルを置いた。
14年前の日付。
其れを撫でる、薬指の第二関節付近に黒子を持つ特徴的な手。
男は座る迄イヴに顔は見せなかった。背中を向けた侭座り、そしてゆっくりイヴに向いた。

「CIAのラッピン捜査官、初めまして、イヴ。ヘンリーのほうが呼び易いなら其れでも良いよ。」

眼鏡を外し、前髪を後ろに撫で付けた男は、イヴの良く知る笑顔を向けた。
恐ろしく澄んだ青い目にイヴは空を描いた。
同時に頭の中に流れるのは、母親の姿だった。
綺麗なブロンドが風に揺れ、其の後ろに眩む様な青空。何気無く見た自分の手が赤く染まっている事に気付いたイヴは其れが錯覚だと瞬きをした。
青い空、赤い手、手…手。
頭の中に飛行機が入り込んだのではないかと思う程、轟々と鳴り始めた。
美しいブロンドが、赤く染まる。其れに絡む、男の手。
良く、知っている。
ファイルに記される、年号も、日付も。




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