神の悪戯 悪魔の宴


書類を整理して居て気付いた。休暇開けに木島さんが来るんだ。観光したいから三日前から居ると云って居たので、もう居るだろう。
後三日で、戻るんだろうか、俺の身体…。
戻らないなら戻らないで、ハロルド・ベイリー、腹を括ります。シャギィと結婚する。其れしかもう道が無い。キースはやっぱり立たなくて、余り俺の顔を見て呉れない。「又喧嘩?」ってマシューは聞く。
マシュー、マシュー君。君の母親役は、本物の母親に為って仕舞ったのですよ。
良いですよ、シャギィと結婚して、毎日セックスし捲って遣るから。其の時後悔したって遅いからね。
ベルが為った。クラークは買物で、シャギィは犬の散歩に行って居た。
「何方様?」
「誰でしょう。」
聞き間違える筈は無い。女の子に為った翌日、夢に見た…
「ミスターっ」
「大正確。」
ミスター、やったね、万歳だ。木島さん有難う。三日後、菓子折り持って御礼に伺うよ。
「ハグハグ、ミスターぁっ」
「うーし、うし。」
ミスターの前では俺って、本当子供だな。いや、犬?此れが、英吉利全土を震撼させるローザ何だから呆れるよ。
「うふふ、ミスターぁ。」
「へいへい、気持悪ぃよ。」
ワルツを踊る様に両腕を揺らし、ソファに座らせた。
畜生、何でったって此の家にはしけた紅茶しか無いんだ。マシューの珈琲、在れを勝手に貰おう。
家にミスターが居るって、嗚呼凄い。ハリウッドスターが家に居るみたいに興奮した。煙草を咥える姿、ライターを机に投げる姿さえ、一々格好良いんだよ、ミスター。煙を辺りに立ち込め、垂れた髪を掻き上げる、ああん、其れだって格好良い。
ミスター世界一良い男。遣らないか。
涎垂らした間抜け面で見惚れて居るのが判ったのか、ミスターは気味悪い物を見る目で俺を見る。煙草と珈琲が混ざった匂いは、其れは官能的で、カップを待つ手が震えた。
「如何ぞ。」
「はい、手土産。」
「プディングー。」
「好きだろ?」
「好きですー。」
ミスター、貴方はもっと大好きです。プディングと一緒に食べて仕舞いたいです。
俺、何か、おかしいかな。いや、おかしいんだけど、そんなに見られると緊張する。プディングを食べて居るだけですよ。
煙草持った侭珈琲を飲む、無言で。何か云いたそうに俺を見乍ら。
やだ、格好良い。鼻血出そう。
「何で内股?」
「え…?」
「御前、内股の癖あったか?」
シャギィとした時から、股は痛くて、無意識に内股で座る癖が付いた。指摘され、開こうとしたら、キースより大きな手で膝を掴まれた。
ミスターは其の侭立ち上がると数歩離れ、内股でプディングを食べる俺を見た。
「女みてぇ。」
手からプディングが落ち、嘔吐物みたくぶちまけた。
「うわ…」
「何遣ってんだよ…」
折角“ミスター(此処重要)”から貰ったプディングはシャツにへばり付き、立ち上がった俺に、ミスターはタオルで其れを拭いて呉れた。
「琥珀の方が行儀良いわ…」
ダディ、有難う。
シャツを引っ張った時、タオルを動かして居たミスターの手は止まった。
「あ…?」
シャツから手を離し、するとミスターは俺の両手首を後ろで掴んで、背中を押した。
あら嫌だ。流石はミスター、小さくても判るのね。
「何、此れ…」
手首から手を離し、片方の胸を揉んだ。横から押し上げる様に、確めて居た。
「え?」
一度手を離し、煙草を素早く吸うと、今度はシャツの中を覗いた。
珈琲が零れましたよ、ミスター。御行儀悪い子ね。
「何…?」
「あはは。」
「いや、笑い事じゃねぇし。」
「十日前かな、こんなに為った。」
「は?」
「女の子にねぇ、為っちゃったんだよね…」
笑って云ったが、上手く笑えて居ないのは確か。下瞼が痙攣して居るのが判る。
「如何したら、良いんだろう…」
暢気にシャギィと結婚すると云ったけど、当然強がりだった。本当は今直ぐにでも戻りたい。戻って、キース、君を抱き締めたいよ…。
我慢して居た涙が噴水みたく吹き出した。頭を抱え蹲り、一体自分に何が起きて居るのか、考えるのも嫌だった。
「如何したら良いんだよ…、俺、頭がおかしいのか…?」
「ヘンリー、ヘンリー、落ち着け。」
「落ち着けって、じゃあ聞くけど、君は落ち着けるのかいっ?自分が女に為って、其れでも、落ち着けるっ?」
「悪い、悪かった。な。」
「もう、如何したら良いんだよ…」
ミスターに抱き締められ、頭を撫でられても、混乱した俺では嬉しく無かった。其れ所か八つ当たり迄した。
俺って本当、最低な人間だ。頭が腐ってるに違いない。だからこんな事に為ったんだ。
「頭がおかしく為りそうだ…」
ミスターは何も云わず、背中を叩いて呉れた。
「よーしよし、ヘンリー。御免な。」
胸から伝わる振動、頭に降って来る声、背中を優しく叩く手。煙草と珈琲の匂いがした。
「ゆっくり、息吐いて。そう、良い子だな。」
凄く落ち着いた。
キース、シャギィ、良く見て於くと良いよ。此れが混乱した人間にする対処だよ。キース、君は最悪だ。
少し落ち着いたが涙は止まらず、何か詰まってる感じで息を繰り返した。頭がくらくらして来て、自分でも変と気付いたのだからミスターには当然伝わって居た。
「最悪だ…」
「は…?」
「一回息止めろ。ゆっくり、ゆっくりだ、吐け。止めろ。」
其れを何か繰り返すと、目眩は取れた。
「何…、何だ此れ…。詰まった感じ…」
「キースと一緒に居るな。」
ミスターの目は真剣だった。
「過呼吸定着させたら最悪だぞ。」
「過呼吸…?」
聞いた事のある言葉ではあった。けれど詳しく何か知らない。
「暫く、キースと離れて暮らせ。愛してんだろ?だから辛いんだろ?今一緒に居たら、駄目だ。キースは御前を受け入れられない。」
キース本人でさえ気付かない事を、たった数分でミスターは把握した。
何だよミスター、神様かい?
俺が笑ってれば万事上手く行くと思ってた。最悪、キースと別れてシャギィと夫婦に為るのも悪くないって。だけど、其れ迄は?
キースが俺を拒絶してるのは判る。一緒に寝て呉れるのはシャギィで、でも、納得何かして無かった。
だって俺は、本当にキースを愛してるんだ。
一緒に寝て呉れないのも嫌だし、目を見て呉れないのも嫌。名前を呼んで呉れない事程辛い事って無いんだ。挨拶をしても「うん」としか云わない。其の度心臓を抉られて、会話も無く為った。答えは全部「うん」だから、もう聞きたく無かった。
十日、十日前迄は普通だったんだ。
「俺、一週間居るから。其の間、ホテルに居ろ、な?」
一週間分の荷物を纏めて家を出た。
御免キース、君が俺を拒絶するなら、俺は君から離れるよ。此れ以上、大好きな君を傷付けたく無いんだ。同じに、君からも、傷付けられたく無いんだ。




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