神の悪戯 悪魔の宴
帝國軍て、御金持ち何だ。俺でも泊まった事の無いスイートルームですよ、奥さん。尤も、旅行なんて行かないから泊まらないけど。シャンデリアが眩しい、母さんの楽屋みたいだ。
「顔ぐちゃぐちゃ。風呂入って来い。」
云ってミスターは笑う。
何だか不思議、さっき迄気持は荒んで居たのにミスターが笑うと胸の痛みが取れた。
ミスター、軍人辞めてカウンセラーに為った方が良いんじゃ無いかな。
「覗かないで下さいね。」
「男の風呂を覗く趣味は無いんで…。大金詰まれてもやぁよ。」
「ほらほら、ちっぱいですよ。可愛いでしょう。」
「うんうん、尻が果てしなく貧相だ。」
大きな御尻が好きなミスターは、貧相な俺の尻を叩くと、早く風呂に入る様云った。
ぐちゃぐちゃらしい顔を洗い、他は適当に洗った。出ると冷えたワイングラスを渡された。火照った手に良く馴染んだ。
「ワインは伊太利亜っしょ。」
「いや、仏蘭西です。」
「伊太利亜だって。伊太利亜と日本って、舌が似てんだぜ?」
「じゃあ俺はやっぱり違うね。仏蘭西派。」
「嗚呼そうでした。此奴、英吉利人だよ。」
ミスターは笑い乍らグラスに注ぎ、白だった。ワインはそう飲まないけど、キースも前の仏蘭西人の恋人も、ワインと云ったら赤を飲んで居た。何で白?と聞いたら、伊太利亜ワインは白が美味しいんだって。
本当に美味しかった。赤とは違う滑らかさで、軽く一本空けた。殆どミスター一人で空けた様な物だけど。飲んで居るとルームサービスが来た。
此のホテルは日本食を提供するらしく、ワゴンの上に並ぶ食事の繊細な事。小振りの皿に少量づつ白和え、御浸し、酢の物が上品に、中央には鯛の塩焼きが鎮座して居た。
「有難う。」
「御口に合えば光栄で。」
ボーイが部屋から出た時、
「早速連れ込みか、井上。」
「うるせぇよ。」
ドアーの隙間から聞いた事のある声がした。ミスターの渋い顔からも、木島さんだと判る。
「見せろ。」
「悪いけど、マーシャル ベイリー殿だから。」
二人の会話は、何故か英語だった。
「何?挨拶させろ。」
「友人と、楽しんでるだけだから。」
謙虚と云う美学は日本人の特権。木島さんは、だったら仕様が無い、と引き下がった。此れが俺達だったら、仲間に入れてって為る。そして騒ぐ。
そうだな、簡単な例えは、バーで友人と会ったとし様。カフェでも良い。此れは俺も驚いたんだけど、日本人って、一人で飲んでる時に会っても、横に座らない。カフェで本を読んでる場合でも良い。挨拶だけで終わる。
「やあ」って云って「やあ、元気?」、「一人?」「一人」、「そう、邪魔して御免ね」って云って、極力遠い場所に座る。友人と一緒だったら、相手に配慮して、同じ席に座らない。
其処は一緒に座るだろう、って俺達は思うんだけど、日本人って自分の時間も相手の時間も大事に、個人を大事にしてるって云うか、悪く云ったら“他人に興味が無い”。一人で飲んで居たら、嗚呼一人で居たいんだろうなって考えが働く。帰り際声を掛けるだけ。
俺には理解出来無い考えだった。
友人と会ったら、やっぱり一緒に居たいじゃないか。
「良かったんですか?」
「何が?」
「木島さんって、上司ですよね?」
上司所の騒ぎじゃない、元帥だよ。
「良いの良いの、木島もする事あるし。プライベート迄一緒に居たく無ぇよ。」
此れが本音に思われる。
本音と建前、全く日本人って恐ろしいよ。
食事は美味しかった。特に白和えは絶品で、酢の物は匂いがきつ過ぎて無理だった。
満腹に為った俺は深く息を吐き、椅子に凭れた。血糖値が上がったら眠く為るのは、哺乳類の性。瞼は半分しか持ち上がって居なかった。御負けにアルコール迄入って居る。程好い酩酊感に喘ぎ、背凭れに腕と頭を乗せた。
「寝るならベッド行け。」
スイートルーム宜しく、ベッドルームにはダブルベッド、横はゲストルームでセミダブルが二つあった。ミスターで此のレベル、木島さんの部屋は階段が付いてるだろうな、物凄く見たい。
ゲストルームに行こうとした俺に「俺がそっち使う」と、ベッドルームに案内された。
主人を差し置いて、ベッドルームですか?ゲストがベッドルームで、主人がゲストルームですか?
「いえいえいえっ」
「御前は疲れてる。広い場所で寝ろ。」
「セミダブルも充分な広さですっ。床でもっ」
「良いから。」
死んで良い、此の侭死にたい。ミスターに抱えられたよ。
「御前をベッドに運ぶ日が来るとはな…」
「愛してます。」
「全然嬉しく無い…」
物凄く嫌そうな顔した侭ミスターは俺を優しく寝かせた。
「ゆっくり休め。」
「はい。」
「明日、何処か行こうか。」
「良いんですか?」
「何処が良い?」
「ミスターに任せます。」
「Okey.」
ミスターの冷たい手はワイングラスみたいで、しっとりと俺の額に馴染んだ。
目を閉じるとどっしりとした疲労感に圧迫された。ずぶずぶと此の侭ベッドに沈みそうな程、上から圧迫された。
「御休み、ヘンリー。」
額にキスされたのには気付かなかった。
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