神の悪戯 悪魔の宴 U
食事が終わり、風呂に入るとヘンリーは後ろから囁き、重なる手を叩く。優しく促されるが、俺は動きたく無い。服を脱がなければ為らない、則ち、モンスターと対面する事に為る。モンスターだけでも恐怖なのに、其のずっと下、考えるのも嫌だ。若し、此の侭戻らなければ、完全に、内部迄雌と化して居るなら、俺が最も嫌う“下半身から血を垂れ流す”儀式に直前し無ければ為らない。
そんなの御免だ、其の時が来たら自害を選ばせて頂く。俺は無神論者だ、自害しても咎めは無い。心ゆく迄死なせて貰う。
俺の躊躇いが判ったのか、ヘンリーは頷き、両手で目を塞いだ。
「目を暝ってて、何の不自由も無くベッドに運んであげるから。」
愛用するアイマスクをズボンのポケットから出し、俺に掛けて呉れた。父親からも抱えられた記憶の無い俺は、しっかりとした浮遊感に色々な思いを抱いた。気恥ずかしさと嬉しさが身体の中で渦巻き、此の感情を何と表して良いか判らない。
足でバスルームのドアーを開き、下ろされた俺は耳にシャワーの音を知った。視界が無いからか、聴覚が敏感に為った。見えない筈なのに、ヘンリーが何処に居るのか何をして居るのか、はっきりと判る。鼻を突く薔薇の匂い、温められたバスオイルが濃密な薔薇の芳香を俺に知らせ、薔薇の温室に押し込まれた様な感覚がする。
「両腕あげて。」
セーターを脱がされ、静電気のパチパチとした音。シャツの釦を外そうとしたので、其れは自分でした。服を脱ぐ位は自分でし様と、然し、シャツとズボンを脱ぎ終わった時、俺の手は止まって仕舞った。晒布に手が向かない。解いた時、在のモンスターをヘンリーの目に晒す事と為って仕舞う。
服を脱いで居たヘンリーは、躊躇う俺にくすんと笑い、剥き出しの肩に手を置いた。
「此れは、俺が外そうか。」
結び目を解き、するすると布を外してゆく。段々とモンスターが姿を見せる恐怖に居た堪れず、触れたくも無いのに両腕で隠して仕舞った。
「見るなよ…」
腕を外そうとしたヘンリーに呻いた。
「あ、意外と大きい。」
「煩い…、見るな…」
「大丈夫大丈夫、耐久はあるから。」
やんわりと両腕を解き、まじまじと在の目でモンスターを見て居るのかと思うと自分が醜いモンスターに為った気分だった。思わず背を向けた。
ベルトの外れる音、シャワーの音、何より自分の心臓の音が一番聞こえた。
「さて、入ろうか。」
背中にびったりと張り付いたヘンリーの体温。胸を隠す両腕にヘンリーの両腕が重なり、腰にはヘンリーの物の感触、息遣いを知る耳が熱く為った。
鎖骨から一気に朱肉を塗った様な赤さを見せる俺に、ヘンリーは笑うだけで誘導する。
薔薇の匂いのする蒸気を顔に感じ、足を付けた。シャワーを止めたヘンリーは後ろに座り、此れ又薔薇の匂いのする石鹸で作った泡を俺の片腕に滑らせた。
「しまった。」
「ん?」
肩に泡を乗せて居たヘンリーはふと云った。
「頭、如何遣って洗おうか。」
アイマスクをして居る為、何時もの様に洗う事が出来無い。然し洗わないのも気持悪い。仕方無し俺は強く目を暝り、アイマスクを外した。
「あ、そうだ。何で考え付かなかったんだろう。一寸、もう一回アイマスク掛けて。」
さっとシャワーの音がし、薔薇の匂いが強烈に香った。段々と柔らかい泡が肌を包み始め、ヘンリーの濡れた手がアイマスクを外した。
「最初からバブルバスにすれば良かったんだ。」
水色のタブ一杯泡が浮いて居た。
「だな。」
モンスターは泡に隠され、視界には入らなかった。安心した俺はヘンリーと向かい合い、今度は俺がヘンリーの身体を洗った。
「楽しいね。」
「そうだな。」
「素直だねー。」
くすくすヘンリーは笑い、自分でも気味悪さ覚える素直さに又耳を赤くした。
俺の身体が女に為ろうが、ヘンリーの態度は変わらない。
其れが嬉しかった。若し、生まれた時から女でも、こうして一緒に風呂に入って居る事が想像出来た。掬った泡をヘンリーの顔に付け、顔を洗って遣ると云うと少し困った様な顔で笑う。
「口に入った…」
「バブルバスには慣れてなくてな。」
「明らかに態とじゃん…」
「頭洗って遣る。頭貸せ。」
ヘンリーは後ろ向き、一度頭を湯に付けた。がしゃがしゃと適当に洗って遣り、次に俺も、同じ様に適当に洗われた。
「キースが大き過ぎるんだね。」
今迄は、一緒にシャワーは浴びれてもタブに浸かる事は出来無かった。タブが小さく、二人で入るにはかなり窮屈だった。
「若しかして。」
頭の泡を取った俺はヘンリーに向き、ズブズブと泡に沈んだ。
「一緒に入りたかったのか?」
「まあ、ね。恋人と一緒に入るって、何か面白いだろう。一度遣って見たかったんだけど、キース、君は大き過ぎだ。」
「今は小さい。」
「悪くないよね。」
顔に付いた泡を拭い、微かな水音を聞いた。泡塗れの腕でヘンリーの背中を抱き、キスをした侭身体を寄せた。
真っ平らなヘンリーの胸でモンスターの潰れる感覚を知った俺は慌てて唇と身体を離した。何時もと同じ感覚だった、幾ら泡で見えないとは云え、モンスターが消滅した訳では無い。すっかり忘れて居たモンスターの存在を思い出した俺は背中を見せた。
「キース。」
「悪い…」
調子に乗った事を詫びた。
ヘンリーは困ったのか頭を掻き、溜息一つ漏らした。
塞がれた視界、アイマスクでは無くヘンリーの手だった。後ろからしっかりと強く抱擁され、耳を噛まれた。
「俺って、サドの気あるのかな…」
耳に入り込んだ声は困惑していた。かなりの被虐体質だとヘンリーは自覚して居る。人を虐めて楽しむ等悪趣味の骨頂、そう思うだけに、身体から湧いた感情はヘンリーを困惑させた。
「何だろう…、そう遣って萎縮するキース見てると、もっと何かして遣りたく為る…」
「止めろ…悪趣味だぞ…」
俺のトラウマを引き出すのは悪趣味だ。
「変態なのは自覚してるけど、俺って此処迄達してたんだ…」
掴まれた手首、肩はゆっくりと回り、後ろに向いた。
湯の中で知った違う熱さ。
肩に力が入った。
「ね…?凄いよね、俺。」
「うん…」
何が其処迄ヘンリーを興奮させて居るのか、正直、モンスターよりも恐怖を知った。こう考えると、ヘンリーは女でも平気なのでは無いか、疑った。実際ヘンリーは、未遂だが女とベッドに入った事がある(と聞いた)。
俺は女を嫌うテンプレート的な徹底した同性愛者だが、ヘンリーは違う。
「ヘンリー…やっぱり御前…」
「嗚呼、違う違う…。女には立たない、本当…」
「じゃあ、此れは如何説明するんだよ…」
「キース、だからじゃ無いかな…」
「俺、だから…?」
「うん。」
首筋に流れる唇に口が開いた。其の口に、目を塞いで居た指先が入った。
「キースだったら、何でも良いんだよ、俺。女でも、男でも。あ、でも、どっちかって云ったら、ペニス付いてるキースの方が好きだけど。」
「モンスターなら付いてる。」
「今のキースがそうなら、俺は其のキースを愛するだけだよ。」
「ヘンリー…」
じんわりと、薄目で見て居た天井が揺らいだ。湯の様な暖かい愛が、其れこそ全身隈無く包んだ。
「さ、目を閉じて。泡流すよ。」
泡は流れる。けれど、ヘンリーの愛が流れる事は無いと全身で知った。
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