神の悪戯 悪魔の宴


天変地異だ、神の悪戯だ、此の世の終わりだ。
足に力は入らず、トイレでぶっ倒れた俺は、其の侭海軍基地に向かった。顔面蒼白で急ぎ足の俺に、海軍の人間は何も云わず、キースの側近はノックも忘れ、ドアーを開け敬礼した。
「ヘンリー…?」
書類に向いて居たキースは、ただならぬ血相の俺に視線を上げ、ドアーを閉める様指示をした。閉まるや否や俺は鍵を掛け、荒い呼吸喘ぎ喘ぎ「カーテン閉めて」そう云った。
「ああん?嫌だよ、書類読ん…」
「良いから、早くっ。全てのカーテンを閉めてっ」
「じゃあ電気点けて。」
「嫌…っ。書類所の騒ぎじゃないよっ」
「暗幕だから、暗いぞ。」
「嗚呼っ良いんだっ、暗くて良いんだっ。暗いのが、良いんだっ」
早口で捲し立て、渋々キースはカーテンを閉めた。本当に真暗で、キースは机のランプを付けた。其処一点が柔らかい暖色を纏い、キースの彫りが良く判った。
畜生、良い男だな。
俺の馬鹿、そんな暢気な声を云って居る場合じゃないだろう。
「何?如何した。」
「如何したもこうしたも無いよ…」
「血相変えて、メイクラブの御誘いか?余り良い誘い方じゃないな。」
にんまり笑ったキース。
「もっとこう、官能的に、誘って…呉れないか…?ハニー…?」
切り替えが出来無いと、俺の腰に腕を回し、顔を近付けて来たので慌てて離れた。態度の違う俺にキースは拍子抜け、一歩離れた。
「如何した、本当に。」
「キースさあ…」
「うん。」
「此れでも本当に、俺と出来るっ?」
興奮し切った獣の様な息遣いで、股間を握らせたのだから、変態にしか映らないだろう。キースの引いた顔、はっきりと判った。
其れでも嗚呼畜生、良い男だな。
「はあ…?何…?」
キース、君って余程の馬鹿なのかい?其れとも、君を可愛いがる俺の物は、そんなに粗末かい?触っても判らない程かい?
おかしいな、平均はある筈なのに。
「一寸もっと、こう、ちゃんと触ってっ。弄って…っ」
「いやいやハロルドさん…、変態みたいですよ…」
「良いのっ、早くっ」
「はいはい…」
数回、嫌々キースは揉んで呉れた。然し其れでも気付かないのか、キースは手を離した。
「もう意味が判らん。」
判らなかったのは単純な話、余った布地とシャツの裾が、其れの様にキースに教えて居た。
ならば此れなら如何だ。
垂れ下がって居た手を、今度は胸に押し付けた。キースは少し気付いたのか、訓練して無いだろう、妙な柔らかさを指摘した。
「いやいやキース、俺達、昨日セックスしたよね…?」
「したな、濃厚な。」
「そう、気持良かったよね。…じゃ無くてね?」
だったら、俺の胸が硬いのは知って居る筈。昨日しがみ付いて、もっとしてってテノールで甘くねだったのはキース、君だろう。忘れたとは云わせ無いよ。
行き成り見せるのは可哀相なので、目を暝って貰った。
「死なないでね?」
「うん。」
「捨てないでね…?」
目を暝って判ったのか「今日の御前、妙に声高くないか?」と云われた。
高いんだよ、ソプラノが出ちゃうんだよ。
キースの手は、余った。こうして見るとキースの手は大きくて、いや違う、掴んで居る俺の手が一回り小さく為ったんだ。
「え………?」
ナイスバリトン。獣みたいだ。
「は…?」
「詰まり、…そう云う事…」
ふにふにとキースの手は脂肪の塊を揉んだ。其れからキースは、外に漏れる程雄叫び、見張りの側近が「何事ですか」とドアーを揺らした。何でも無いと、放心状態で繰り返し、物を散乱させ乍ら俺から遠く離れた。
「キース…」
「寄るなっ、誰だ貴様っ」
「俺だよ、ヘンリーだよ…」
「嗚呼っ?嘘云うなよ、ヘンリーは男だ。ハロルド・ベイリーは男だよっ」
「だから…」
「嗚呼そうか…、在れか?誰の差し金だ。女が駄目だって事をはっきり知る為に、誰に雇われた?え?云え。」
「キース…っ」
「煩いっ、ヘンリーと同じ顔で俺を呼ぶなっ。気味の悪いっ」
拒絶されるとは考えて居たが、此処迄拒絶されるとは思わなかった。心臓は張り裂けそうな程痛くて、浴びせられる拒絶の言葉は容赦無く俺を打ちのめし、泣き崩れた。キースに拒絶されるのがこんなに辛いなんて、俺は一度でも考えた事無かった。
「俺だって…俺だって如何して良いか、判らないんだよ…。朝迄は確かに男だったのに、昼寝して起きて見たら此れだよ…。如何したら良いんだよ…」
「嗚呼、煩い。喋るな。ヘンリーが話してるみたいで、ゾっとする。動くなよ、警察に通報して遣るからな。御前を雇った男諸共軍事裁判に掛けて遣るからなっ」
「キース…キース…聞いてよ…」
「煩い、聞かない。女の話は聞かない事にしてるんだ。碌でも無いからな。」
電話を取ろうとした其の手を掴み、こんな醜態、晒される訳には行かない俺は必死に抵抗した。
「離せ、離せよっ」
「嫌だっ。絶対離すもんかっ」
「御前、女なのに矢鱈力強いなっ。何処の特殊部隊だ…っ」
「強いさっ。君一人抱える男だよっ」
「女に抱えられた覚えは無いっ。妄想が凄まじいな、薬中か、打ち込んで遣る。」
「俺は薬中でも無いし、リハブに出戻るのだけは御免だよっ。在の天才アーティストさんは未だ居そうだけどねっ。嗚呼屹度楽しいねっ」
見上げたキースの顔は酷く怯えて居た。涙でぼやけて居て良くは見えないけど、嫌悪や怒りより、怯えで一面を固めて居た。
「くたばれ、糞っ垂れな陛下の犬が…。毎日喚いて遣るからな…」
キースは俺をじっと見、電話を静かに置いた。
「ヘンリー、なのか…?本当に…」
出会った時、俺は酷い薬中だったよね。毎日汚い言葉を喚いては懺悔室に打ち込まれた。
キースが俺にした告白の言葉は、海に恋をしたのは間違いだったかもな。
キースの父親に俺が付けた渾名はベルガモット・ハリー卿で、執事はモノクルを掛けたバッカスさん。口癖は「左様で、旦那様」。
母親は西班牙人でダンサー、今は車椅子生活。姉の名前はディアナで大蜥蜴を飼ってるレズビアン。情熱的な親子。
家に居る使用人はクラークとシャギィ。
息子の名前はマシューで、亜米利加訛り。バスルームが死ぬ程嫌い。
俺の元職業は、ダンサー。
俺とキースしか知らない様な事を云ったら、漸く信じて呉れた。強張った顔は蒼褪め、べたべたと顔を触られた。
「ヘンリー…?」
「そうだよ、君のパートナーのヘンリーだよ…」
「何で、こんな…」
「判らないよ、だから困ってるんじゃん…」
「最悪だ…」
子供に為るなら未だしも、キースの毛嫌いする女。最悪と云う以外、云い様が無かった。
不思議だった。
キースの顔は嫌って程見慣れて居るのに、ときめく自分が居る。身体だけじゃない、心理状態迄女に為ってるんだ。
何時もと変わらず見上げて居るのに、欲情するのに、感じた事の無い熱さだった。此れが、“女が男に欲情する”事なのだと知った。
中からぶわっと熱風が吹き上げたみたいに、身体が熱く為った。
「キース…」
漏らした息も熱かった。
「ヘンリー…あのな…」
判ってる。キースが俺を抱けない事位。でも俺は君に欲情してる、其れを云いたかった。
俺の頬や唇を撫でるキースの手は湿って居た。多分、緊張してるんだと思う。
「そんな目で、見るなよ…」
泣きそうな声でキースは云い、信じられない、キースってこんなに力があったんだ。折れそうな程に強く腰を抱き寄せ、キスを呉れた。
キス一つで心臓が痺れた。ぞくぞくと虫が這った様に身体は痺れた。キースの匂いに頭がぼうっとして、其れから、足の付け根がぎゅうっと為った。
「キース…キース……」
「御出で…」
鼓膜に響くバリトン、容易く俺を誘って呉れた。




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