遠征


下の双子が眠りに就き、珍しく居間で酒を飲んでいる和臣に雪子は近付き、横に腰を下ろした。
「電報は、下さいね。」
「嗚呼。待って居ろ。」
くすりと笑い、雪子の髪を撫でた。其れを見ている長男は、和臣と視線が合うと身体を強張らせた。就寝時間は過ぎて居るのに起き、然も見て居た。怒られるのでは無いかと怯え、然し緩く笑った顔は無言で雪子を手払い、呼んだ。
「顔、見せて呉れるか?」
頬を触り、未だ未だ寝ないぞと教える其の顔を見た。
「大きく、為ったなあ。」
見上げる息子を抱き上げ、一度高く上げると「重い」と膝に下ろした。久し振りに受けた抱擁に息子は混乱し、眠気は益々飛び、けれど悪い物で無いのははっきりして居た。四つ違いの双子達、彼等は一度でも和臣に抱擁された事は無い。笑い掛けられる事も無い。冷たい目で、見下ろされるだけだった。
「父上。」
「何だ?」
「死に行くのですか?」
其の言葉に、胸に頭を寄せる息子の頭に頭を乗せて居た和臣は言葉を詰まらせ、酷く怯えた目で息子を見た。
「俺は此の国を守る義務があるんだ。死等怖いものか。」
「然し、僕は怖いです。父上が死んだ時、此の国は如何為るのですか?」
如何為るのか、そんなの和臣にも判らない。敗戦国と為るか否か。
不安を直接云われた和臣は一度目を瞑り、自分に似る目をしっかりと見た。
「約束、して呉れないか?」
何時に無く弱い声を出す和臣に、無言で言葉を待った。
「俺は、命で以って此の国を守る。だから。」
―――御前は、俺の大事なものを守って呉れるか…?
ゆるりと笑う目元、差し出された小指。息子は繋いだ。
「必ず。母上と弟は、僕が守ります。ですから…」
和臣の姿も繋いだ指も、ぼやけて見えた。
「守った暁には、良く遣ったと…頭を…撫でて…、ぎゅって、して貰えますか…?」
かっと熱く為る喉元。強く抱き締め、其の小さな頭を何度も撫でた。
「嗚呼、嗚呼…。必ずだ…必ず、必ず…」
「必ず、帰って来て下さい。僕は其れ迄、父上の息子として、努めます。」
―――いってらっしゃいませ、木島元帥。
初めて聞いた息子の其の言葉に、ずくりと頭が痛んだ。




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