修羅の断頭 仏の登壇


基地前に停まる敵軍車に拓也は息を殺した。完全に包囲されて居る現状に、情けなく声を出した。
「井上さん…如何しましょう…」
弱気な部下に、同じ様な声で答えた。
「如何しましょうもこうしましょうも、中には木島が居るんだぜ…?行かんといかんだろう…」
「ですよねぇ…」
「弾は無ぇのにな。」
がさがさと葉が揺れ、身体が強請る。ひょっこりと顔を出す少尉。其れに安堵した。
「何だ…五十嵐かよ…」
「裏口に我が隊員は置いて来ました。御命令を、井上中佐。」
中佐。
何時の間に自分は其処迄来たのか。
拓也は息を吸い、弾を確認した。心臓が煩い程鳴り、身体は熱かった。
「絶対に死ぬな、此れは命令だ。」
はためく陸軍旗。
「突撃っ」
無数の銃声が響き、中に迄は聞こえなかった。
額を伝う汗。
龍太郎は、生きた心地がしなかった。
揺らぐ右腕。其れがどんなに美しいか、和臣の心みたいであった。
「良いよ。君の命と引き換え、ね。」
笑う男。味方の頭から銃が下ろされたのを確認した和臣は軍服を脱ぎ、男に投げ渡した。
「燃やすなよ。」
「博物館に寄贈でもする。」
「其れ、良いな。」
小さく笑う其の顔に龍太郎は懐かしさを覚えた。まさかこんな時に、昔の在の和臣を見る等。
膝を突き、目を瞑った侭和臣は云った。
「御前何か大っ嫌いだ、龍太郎。」
「…………私も嫌いです。大嫌いです。」
静かに笑い、目を開いた。
「後は、頼む。」
「御意。」
修羅の頼み、然りと聞いた。
「我が大日本帝國は不滅だっ、大日本帝國万歳………っ」


御免な…


息子に吐いた言葉。其れが、和臣最期の言葉だった。躊躇いも無く腹に刺さる刀。噴き出す血に手が滑り、其れでも和臣は引くのを止めず、臍から一気に上に引いた。
後ろに反った反動で鮮やかな赤は飛び散り、彼岸花、若しくは花火に見えた。
「嘘、だろう…」
男の真後ろ、はっきりと和臣の姿を見た部下は力が抜け、一人座り込めば後ろに居る奴に見える。ドミノ倒しみたく部下達は座り込んだ。
「元帥…」
重力に従う和臣の身体。地面を赤く染める姿に、龍太郎は震えた。足の力は抜け、貰った帽子が顔を隠した。
涙に混ざり、目からは血が流れた。黒い目は真赤に為り、閉じる事無く龍太郎に向いて居た。
赤と黒の混ざる目。
赤い月を一度見た事ある龍太郎は、其れみたいだと見詰めた。
「確かに。」
受け取った軍服靡かせ、来た時と同じ様に足音を響かせ退去した。
瞬間響く銃声。そして無数の倒れる音を聞いた。
「龍太、生きてるかっ?」
「嗚呼、俺は、な…」
顎だけ動かし、絶命した和臣を見せた。
「じゃあ此れは、やっぱ本物か。」
男の持って居た軍服、レプリカにしては精巧だなと思ったが、そんな筈は無い。本物であると判って居るのに、偽物だと信じたかった。
「そんな…元帥…」
後ろから現れた部下が腰抜かし、静かな空気が流れた。
龍太郎は、無意識に泣いた。和臣にでは無い。命を張った、帝國軍元帥に、涙を流した。
時恵に何と云えば良いのだろう、其れしか考えられなかった。




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