欲を司った


「マーシャル、大丈夫ですか?」
気分が最高に優れず、普段は見ない海を眺めて居た。潮風は随分と生臭いが、部屋に篭って居るよりマシだった。
鼓膜にこびりつく仏蘭西語、消そうと何度も耳を擦った。何日経っても身体に染み付く感覚が消えない。
「大丈夫だよ、何でも無い。其れより、後何れ位で日本に着くかな。」
「順調に進めば後二日程かと。」
順調…。
そんな言葉をハロルドは鼻で吹き飛ばした。
「順調って、一体なんだい…」
「え?」
「海、奇麗だね。」
「はい。」
ハロルドの横顔を眺めて居た航海士は、何時に無く穏やかで奇麗な海に目を向けた。
海は、空が繋がるのと同じに全て繋がり一つと為る。少し場所が違うだけ、海は同じ。東と西で真っ二つに別れて居る訳では無い。
だから大丈夫と、ハロルドは手摺りから頭を投げた。
「俺が何処に居様と、俺は君と一緒に居るよ。英吉利を、守って。」
泡立つ白い波、何処に落ちたかも判らないのに、指から抜いて落とした指輪の後を追った。




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