子供の行為、大人の遊び
久し振りに見る龍太郎の顔に時恵は微笑み、其の顔を焼き付けた。
「客だぞ、時恵。」
額同士をくっ付け、甘い声で龍太郎は云った。自分に客とは珍しいと、時恵は髪に櫛を通し、侑徒を部屋から出した。嬉しそうな時恵の顔は少女の様で、其の顔に侑徒は安堵を知る。宗一に後を任せ二階から下り、擦れ違った人間に目を丸くした。
英吉利の女優に、陸軍大臣。
後一人は侑徒には判ら無かったが、首相に何処と無く似て居た。時恵に関わった人間全てと云って良い人数が時恵に会いに来た。一ヶ月足らずで。其処迄愛されているのに、何故死ななければならないのか侑徒には理解出来なかった。
「仏様が傍に居てるのに、何でかなぁ。」
そう侑徒は呟いた。
「とーきえ。」
一番最初に障子から顔を出したのは琥珀で、英吉利に居るとばかり思っていた時恵は、ひゃっはー、そう目を見張った。
「今日も悪女らしいわ、琥珀。」
「時恵、意外と元気だね。もっと瀕死かと思ってた。」
「そうね、元気だわ。未だ死なないわ。何故かすら、兄上。」
「さあ、何でやろなぁ。」
未だ二ヶ月経ってないからではないかと宗一は云う。後半月すれば、医師団が提示した二ヶ月になる。最初京都に来た時は今にも死にそうだったのだが、最近の時恵は未だ未だ生きそうな雰囲気があった。
此れを書き終わったら死ぬのだろうかと、机の上の原稿用紙を宗一は一瞥した。
「御嬢。」
原稿用紙から目を逸らした宗一は琥珀に声を掛けた。
「何?」
「御嬢、下に行って、恵御の相手してくれるか?」
「未だ居なかったけど。」
「もう直ぐ帰って来よるから、御嬢居るて知ったら二階に上がってくるわ。せやから、下に行って貰えるか?」
な、と顔の前で手を合わせる。
「んー、別に良いけど。」
そうは云ったが琥珀の顔は不服そうで、下唇を突き出すと時恵を強く抱き締めた。
日本で初めて知った女の体温が、時恵だった。今でもはっきりと覚えている。塀越しに自分を抱き締めた時恵の在の力強さを。在の時時恵が琥珀にした様に、琥珀は時恵を強く抱き締めた。
「時恵、大好きだよ。」
「ワタクシもよ。」
在の時強く感じた時恵の腕は弱く、琥珀は涙を堪え部屋を出た。
次は誰だろうと時恵は待ったが、障子が開く気配は無かった。二つの影が、障子越しに見える。
「本当は、御顔を拝見したいんですがね、御嬢さん。」
独特な掠れ声に時恵は龍太郎を見た。頷く龍太郎に時恵は嬉しそうに顔を戻した。
「井上様。」
「私も居りますよ、時恵様。」
一層笑みを零し、成程、障子が開かない訳だと時恵は少し障子に寄った。
「雅さん、御身体は如何でして?」
「健康其の物ですよ。分けて差し上げたい位です。」
雅の笑い声に時恵もつられて笑う。
「丈夫な御子を、産んで下さいませね。」
障子に映る雅の影に時恵は手を重ね、其れを知った雅も手を重ねた。
「必ず。御命令通りに。」
互いの手が離れ、雅は小さな嗚咽を漏らした。十五年前の事が、嘘みたく早い。其れ以上にもっと早いと思ったのが拓也だった。二十何年自分は時恵と居ただろうか。まさか龍太郎が結婚する等、そう思ったのを覚えている。其れも、木島の娘と。
拓也は少し笑い、云いたい事はあったのだが、結局何も云わなかった。其れが拓也なのだと時恵も把握しており、無言で互いの陰を見た。
「雪見窓があれば良かったわな、ほんに。」
宗一の呟きに時恵は伏し目がちに頷き、二人の影をきちんと見た。
「井上様。」
「はい。」
「ワタクシが居なくなった後、龍太郎様の事、支えて下さいませね。」
時恵の声に拓也は頭を下げ、命の続く限り必ず、云って影を消した。
二人の影が無くなった後、宗一は深く息を吐いた。
「大丈夫か?」
「ええ。」
愛らしく時恵は笑い、しかし身体は限界なのか横になった。其の横に龍太郎は並び、二人で天井を眺め、話し始めた。
「何時迄いらっしゃるの?」
寝返りを打ち、龍太郎の顔を見た。
「時恵が死ぬ迄。」
皮肉に笑う龍太郎に時恵は身体を起こし、覆い被さった。
「でしたら何年も生きて差し上げますわよーだ。」
「其れは困ったな。野中に伝えなければ。」
啄み合う様に口付け、くすくすと笑い合う二人に宗一は笑顔を零し、部屋を出た。
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