ソメイヨシノの儚さを
一年も父親を説得する暇があるのなら、何故独逸語の一つも勉強しなかったのかと、独逸の地に訪れ後悔した。全く言語が理解出来ない。しかし頭の良さは父親から受け継いでいる筈だ、と三ヶ月掛けて独逸語を取得した。独逸語の勉強を始めて二週間で、私は周りの言葉を理解し始めた。其れには彼も驚き、矢張り元が良いと楽だな、と笑ってくれた。
私に言葉を教えてくれたのは、ディルク・ベルンハルト・アスク。ディルクも又医者で、彼と仲が良かった。ディルクには子供が居り、名はハンス。八歳の男子で、奇麗なブロンドで、透ける様に目は青かった。ディルクは其の地では有名な外科医であり、彼はディルクに私の面倒を見てくれと頼んだ。するとディルクは彼に、御前も外科医だろう、と云われていた。
「俺、日本では外科医じゃないんだよ。」
「じゃあ、御前、日本で何してたんだよ。」
ディルク曰く、彼は相当腕の良い外科医らしい。何故黙っていたのかと私が詰問したら、面倒な事になりそうだったから、と即答された。なので、ディルクは独逸語だけを私に教えた。
最初の一年は彼の横で手術を見ているだけだった。医師免許も持たない子供をそんな場所に置いていても良いのかと私は思っていたが、周りは大して気にした様子も無く、ずっと見ていて気持悪くないのか、と気遣ってさえくれた。一年目で私は、蛙ではあるが縫合をした。
「奇麗だな。」
「器用だから。」
「はは。云うな。」
初めて縫合した其れを見た彼は、自分の事の様に笑みを零していた。
だから信じられなかった。
彼が私を独逸に連れて来た本当の目的を。
彼は目的は、私を医者にする其の前に、自分の歪んだ癖を埋めれる人間を、絶対に逃げれない状態で傍に置いておく事だった。
其れを知ったのは、独逸に来て一年半経った時だった。
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