ソメイヨシノの儚さを


殴られるだけなら未だ我慢は出来た。宗一が一番嫌だったのは、宗一の性癖を利用した行為。
男は特別衆道の気がある訳では無い。無いのに男は、宗一を殴り乍ら犯した。宗一をベッドに縛り付け、含み笑いで其の行為に及んだ。血の味のする口で、嫌だという言葉は出せず、男の望む言葉を吐く。宗一にとって、此れ程屈辱的な事は無かった。

医者になる為に来た筈が、私は何をしているのであろうか。

其れでも逃げれず、又男は昼間、きちんと宗一に医学を教えた。
蕁麻疹が出る程女を、特に娼婦を宗一が嫌うのは、男の所為でもある。自分だけ楽しめが良い行為を、男は態々娼婦を呼び、宗一に其れを望んだ。流石に出来ないと知った男は、自身を入れた侭、其れに反応を示す宗一の其れを娼婦に咥えさせた。其れをさせる男にも、咥える女にも、そして其れに反応する自分自身にも、宗一は嫌悪しか表れなかった。
女の柔らかい身体も、突き出た胸も、恐怖でしか無かった。
彼から逃げたいのだが、逃げれず、もう医者になるのは諦め様とした時男の、大学に行かせてやる、の一言で完全に宗一の逃げ道は無くなった。
男は、確かに酷い人間ではあるが、宗一を医者にするという宗一との約束を守ろうとした。此れは、男としてでは無く、医者としての思いと宗一は捉えている。昼間医学を教える男の顔は、本当に優しい顔をしているから。
だから宗一は、結局男から逃げる事が出来ずに居た。其の葛藤で、宗一は、自分自身を殺す羽目になる。
十八の時、男が宗一にする様に自分を傷付けてみた。薄く切れた皮膚から微かに滲む血に、宗一は何処か安堵を知った。可笑しな事に、自分は人間だったのかと、瘤の出来た頭で其れを確認した。自分を傷付けたのを、男は暫くの間気付かなかった。男は殴るだけではなく刃物で宗一の身体を切っていた為、其れが宗一の付けた傷なのか自分の付けた傷なのか判別出来ず居た。
其れが知れたのは、自分を傷付け始めて二年経った、二十歳の時だった。
男が傷を付けていない場所に傷があり、宗一の行動を知った男は憤慨し、そんなに死にたいのなら俺が殺してやる、と宗一の首を絞めた。人を助ける其の手で。又何時もの冗談だろうと宗一は抵抗していなかったのだが、其れが本気と知った時はもう遅かった。宗一を医者にするという男の希望に反した宗一に男は本気で、口が痙攣するのを知った。男は医者なのだから、何処を締めれば死ぬのかと云うのを知っているに決まっている。其れを甘く見ていたのは私だと、鼻から漏れる息が熱くなり、見上げる天井に無数の光が散っていたのだが其れも無くなり、嗚呼死ぬんだ、そう思った。
其の時だ。
男の身体が横に吹き飛び、宗一の身体は床に落ちた。噎せる、と云う行為も出来ず、宗一の息は止まっていた。
「ソウイツっ、ソウイツっ」
突き飛ばされた男は噎せ、息をしていない宗一にディルクは息を入れた。数回繰り返し、宗一の弱い息を知ったディルクは安堵したが今度は自分が同じ様に吹き飛んだ。
「余計な事を。」
「余計?御前は何を考えているんだ。」
「死にたがっている人間を殺して、何が悪い。」
此れが、医者の言葉であろうか。医者の癖に、と云う言葉をディルクは飲み込み男を睨み付けた。其の二人の会話を、宗一が聞いていたとは、気が付かなかった。




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