Haken-kreuz


「成程ね。」
和蘭側の提示に総統閣下は皮肉めいた笑みをしクラウスを見た。
和蘭が独逸に提示した内容は、即刻領土を全土返還する事とあった。此の提示は独逸側には痛手とも云える。仏蘭西を攻めるのには和蘭に置いた独逸軍でベルギーを突き抜け攻めるのが一番都合が良い。
其れに、と閣下は続ける。
「和蘭の景色。大好きだ。」
「はい。」
「御前が未だ小さい頃、未だ戦争が始まる前、一度和蘭に連れた事があるな。」
「はい。」
「御前、風車を豪く気に入ってな。暫く動か無かった。終いには在れが欲しいって…覚えてるか?」
「はい、総統閣下。」
懐かしさに顔を緩ます閣下に反してクラウスの顔は険しい。けれど閣下に対して緊張しているだけであって嫌な話では無い。
今でも覚えている。在の和蘭の美しい景色を。自分の目より澄んだ青空に巨大な風車が浮かび、其れよりも存在感を出す艶やかなチューリップに、此の侭此の景色を切り取ってやりたいと子供心に思った。
其の景色は、今や無い。
消え去った橙色は赤く燃え、支配と独裁の象徴が姿を現した。
和蘭の景色を鮮明に思い出す程、クラウスは項垂れていった。
「和蘭は、返さん。」
閣下の声にクラウスははっとし、顔を上げた。
「守ってやろうと思ったのにな。宣戦布告、確かに受けた。」
「総統閣下…」
「何だ。」
睨み付ける目にクラウスは首を振り、相手の動きを見た。煙草は吸わない筈なのにマッチを取り出し、一体何をするのであろうと眺めた。小さな国旗を二枚取り出し、マッチを摩る。一瞬にして一枚の小さな国旗は燃え上がり、灰となった。
「仏蘭西の国旗の意味は何だ。」
机に落ちた灰を吹き飛ばし聞く。
「愛と自由と平和、です。」
「下らんな。」
鼻で笑い、淡々と話す。
白が仏蘭西王家の白百合の色、青と赤はパリ市の紋章の色。三色が合わさり、市民と王家との和解の意味を表している。
嗚呼下らん、と閣下は撫で付けている自身の髪を触った。
「和蘭と仏蘭西、全く同じ国旗だな。」
「はい。」
「此奴等、一枚で足りるんじゃないのか?」
云って、残った一枚を縦横に動かした。此の国旗を縦長にしてはいけない事、誰でも知っている。だから敢えてした。
「因みに和蘭国旗の意味は。」
「赤は独立の戦いに臨んだ国民の勇気を、白は神の祝福を願う信仰心を、青は祖国への変わらぬ忠誠心を、です。」
「あっはっはっはっ」
何が面白いのか閣下は突然笑い出し、今度はマジックを取り出した。次にされた行動にクラウスは強く目を瞑った。
刻まれたハーケンクロイツ。
「ハーケンクロイツこそ、忠誠の証だ。」
Auf-Wiedersehen, The Netherlands.
トッツィンズ、と愛らしく閣下は発し、同じ様に灰になった国旗に手を振った。
「宣戦布告の礼に、領土の和蘭人を全員、一人残らず、天国に連行しろ。」
「はい…?」
我が耳を疑った。
「総統閣下…其れは…」
「見せしめだ。」
「総統閣下っ」
「……………俺に反発か?ヒラー元帥。」
冷酷な目に背中が凍り付いた。
見せしめの為に無害な人間を殺す、此れが戦争だ、勝たなければ意味は無いとクラウスは噛んだ下唇を離した。
「仰せの侭に。総統閣下。」
「二人の天使が大忙しだなあ。良い事良い事。」
無言で右腕を突き出したクラウスに閣下は満足の笑みを零し、二枚の残骸を吹き飛ばすと椅子に凭れた。




*prev|2/3|next#
T-ss