身体に刻む絶対忠誠
「少し、話がしたいんだけど、良い?」
夜中、宗一に起こされた。月明かりはカーテンに遮断され、真暗な中で行き成り聞こえた宗一の声に珠子は驚いた。身体に触れては居ないがベッドに腰掛け、夫以外がベッドに居る事に珠子は少し身体を遠ざけた。
「なぁんもせんて。」
「判ってるわ…」
宗一が女に対して全く性的反応を示さないのは知っているが、時一以外の男が同じベッドに居るだけで、例え宗一だろうと気持悪かった。
「何…?」
ぐっすりと侑徒は寝て居るが、用心の為宗一は独逸語で話を続けた。小声で囁く様に話し、顔が近い。何故か珠子は、彼が同性愛者じゃ無かったら良かったのに、と自分でも何故そう思うのか判らない事を考えた。
そんな事を考えてしまう程此の空間は異様さを知らせた。
「時一の背中の事何だけど。」
「背中…?」
自身の背中を触る宗一に珠子は首を傾げ、宗一も首を傾げた。
「背中に傷があるの、知らないのか…?」
「傷?傷って何?」
背中一面に付いた歪な傷跡を、一緒に過ごして居る珠子が何故知らないのか宗一に理解出来無かった。
時一の背中には、背中一杯に、ナイフか何かで付けられたハーケンクロイツがある。
相当深く付けられ、傷跡は変色し盛り上がって居る。はっきりと、奇麗な“忠誠”を身体で示して居た。
珠子が知らない以上其の事を聞けなくなり、おまけに教えてしまった。宗一は額を掻くと、何事も無かった様に立ち上がった。
「起こして御免。良い夢を。」
「一寸待ち為さいよ。」
逃げる様に離れた宗一の腕を掴み、逃げられ無い事を知った。
「何故、時一さんの背中にハーケンクロイツの形をした傷があるのを知っているの。」
昼間、写真を見せた時の様なきつい口調で聞き、爪を立てた。丸で写真の時一みたいだと宗一は思う。
珠子は云う。
彼は絶対人に肌を見せ無い。少なくとも、一年以上前から自分にさえ肌を見せない。故に宗一が時一の背中の傷を見れる筈が無い。結婚した時には無かったのだから。
妻を抱く時でさえ肌を見せない事実に背中がじわっと冷たくなり始め、誤魔化す様に笑ったが珠子の無言の威圧感に口を閉ざした。日本に来て居た時、致仕方無いとは云え時一と寝てしまった。無言で必死に言い訳を考えるが、流石は在の近衛医師の御令嬢。父親譲りの威圧感に考えが纏まら無い。
「着替え…」
「着替え?着替えを覗いたの?悪趣味ね。」
遮光カーテンの所為で真暗な部屋だが、珠子の其の冷たく軽蔑する目はしっかりと判った。
「部屋に、入ったら、偶々着替えてて…。見る積もりは、勿論無かった。直ぐにドアーは閉めた。」
「でも、傷はしっかり覚えてた。」
「其れ程、強烈だったんだよ。」
あるだろう、強烈過ぎて一瞬で目に焼き付く時が、と言い訳を繋げた。其れに納得したのか、珠子は頷き宗一から手を離した。開放感と安堵感に息を吸い、珠子に身体を向けた侭後ろ歩きでドアーに向かった。
「其れじゃあ、本当に御休み…」
「ええ。早く出て。」
明らかに機嫌の悪い声で、素早くドアーを開けたが、宗一は足を進めなかった。早く出ろと云われたが宗一には一つ気になる事があった。聞いて良いか迷い、其の無言が珠子には気味悪く感じた。
「あのさ…」
「何?」
「時一って、セックスの時、服脱がないの…?」
ベッド横に置いてある棚の上にある本が、宗一に向かって飛んだ。壁に激突し、壁一面に音が響いた所を見ると相当重量のある本であろう。真暗で良かったと心底感じた。
「最っ低…。エロ爺…」
「服着た侭?」
「そうよ、だから何?悪い?早く出て、変態っ」
御次は枕が飛んだ。
「軍服…?」
「昼間の言葉を訂正するわ。早く収容されるが良いわっ」
「軍服、ねえ…。良いね、興奮する。良い趣味してる。」
「御次はスタンドライトが飛ぶけど良いかしらっ?Drei Zwei...」
「Gute Nacht!」
大きな音を立てドアーは閉まり、何よ全く、と持って居た電気スタンドを棚に戻した。荒く頭を下ろすと妙に低く、枕を一つ投げて居た事をすっかり忘れていた珠子は、頭に強烈な振動を知った。
「何なのよっ、もうっ」
時一の方から枕を二つ奪い、今度こそ寝様と頭を落とした。
瞬間。
時一の匂いが一杯に広がり、ぎゅうっと胸が締め付けられた。口から熱い息が漏れ、喉を締められる感覚の中で泣いた。息をすればする程窒息し、眩暈と耳鳴りがした。
其の息苦しさは、懐かしい恋患いと似ていた。
「如何して…」
泣く程時一を感じ、愛おしく思い、そして恨んだ。
「こんな国、大嫌い…」
時一では無く、時一が愛して止まない此の国を恨んだ。宗一が吐いた「時一を返してくれ」を頭の中で繰り返し、子守唄にした。
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