身体に刻む絶対忠誠
今日から七月だからカレンダーを捲る様ルートヴィヒから伝えられた。カレンダーは何処に掛けて居たか、国旗以外一切掛けて居ない壁を時一は撫で探した。
「此れは…国旗か。」
布の感触に一体壁から手を離し、其処から親指と中指で長さを計り、左に三回動かした。感じた紙の質感に手を上に移動させ、留め具を固定した。
「上手く切れたかな…」
真直ぐに切れた音はしたが、不安だ。
破った六月の紙を床に落とし、部屋の真ん中に設置して居る作業机に腰を掛けた。
窓の無い地下、暑くは無いが、臭いは少しきつくなっている。一咳し、気分転換に外に出様と机から下りた時、先程破り捨てたカレンダーに滑った。後ろに倒れ、首の付け根を端で強打し、呻きと悶絶を繰り返した所に、机に置いて居たビーカーが真横に落ちた。
「爆弾かと、思った…」
どれ位破片が飛んで居るか判らず、机に手を掛けゆっくりと立ち上がった。
視覚が消え半月近く経つが、小さな物音一つに異常な程反応をする。精神的に参る事は無いが、時一は考える。
目が見えないのと耳が聞こえないの、果たして何方が不便なのだろうか。
ルートヴィヒは、後ろから声を掛けられても反応出来ず、少し目を逸らして居れば無視をしたと非難される。数人が一斉に話し始めると、もう御手上げだ。ルートヴィヒには全く判らず、意見が云え無くなってしまう。
一方時一は、状況が把握出来無い。一々物音にびく付き、今目の前に誰が居て、どんな状況なのか全く理解出来無い。即ち、モルモットが全く判らない。此れは致命的だった。
矢張り如何考えても自分の方だ、此処は大人しく天使からモルモットに変わるべきか考え、溜息と一緒にドアーを閉めた。
「あ、居た。」
横から聞こえたハンスの声に時一はうんざりした顔を向けた。
ハンスの事、大好きだ。けれど必要以上の世話焼きは正直鬱陶しい。特に今は、首の骨を強打し機嫌が悪いのだ。
「独逸一格好良い顔が見れないからって拗ねるなよ。」
「……そうだね。“僕の”可愛い顔を毎日見れないのは、確かに良い事じゃない。」
「俺は見えてる。」
「僕が見えなきゃ、意味は無いの。大体ハンスは独逸一じゃないよ。精々、十位以内に入ってれば良い方じゃない?」
「…………十位以内に入ってるのかっ?嬉しいなっ」
わはは、と肩を叩くが、時一には怖い。無言で渋い顔をする時一にハンスはぴたりと笑いを止め、真剣な声を出した。時一には其れが、ハンスを怒らせてしまったと勘違いし、やっぱ五位以内かな、と訂正した。
「俺が男前なのは冗談として、俺が今から話す事は笑い事じゃないからな。」
ハンスに向いた時一は真直ぐ顔を向けた。痛々しい其の包帯の奥にある目をハンスは見、ゆっくりと口を開いた。
暑く無かった筈が、死ぬ程“熱く”なった。其の爛れる様な熱に溶かされたのか足から力が抜け、アメーバみたく床に張り付いた。身体は焼かれた様に熱いのに、頭は、頭の中は氷の様に冷たかった。
逸そ、聴覚も無くなってしまえば良いのに。
感覚全て、心も、思考も、自分から一切無くなって欲しいと、居もしない天使に縋り付いた。
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