愛妻家の朝食
次の日の朝食は洋食だった。とは云っても馴染みの洋食では無く、大きな皿の上に並べられただけだった。此れは確か、サンドウィッチ、と云う名前だった様思う。其の残りを清人は弁当と持たされ、意気揚々と其れを振り回し学校に向かったらしい。生憎私は寝ていた為知らない。
はっきり云おう。此れは朝食では無く、ブランチだ。珈琲を添えられ、有難う、と顔を夫人に向けた時、のっそりと折が起床した。詰まり私達は昼前迄暢気に涎垂らし間抜けな顔で寝ていたのである。
「折は学校に行かないのか?」
「面倒臭い…」
テーブルに伸びた折は大きな欠伸を晒し、浮島と黒を呼んだ。左右の椅子に座らせ、握り掴んだサンドウィッチを交互に分け与える。猫はパンを食べるのだろうかと興味持ったが、案の定、中のハムだけしか食べていない。黒はパンも食べ様とはしていたが、変な顔をして吐き出していた。
「味噌汁ー。」
「一寸待ってね。」
「後ね、魚。御飯は要らない。」
「はいはい。」
此の目の前のサンドウィッチは、と私は気になり、聞いた。すると、俺は洋食を食べない、と猫と共に空腹を訴えた。
腹が立ったのは云う迄も無いだろう。
私は席を立つと台所に入り、味噌汁に入れる具を切っている夫人の手を止めた。其れを無断で持ち出し、折の目の前に落とした。行き成り俎板が落ちて来た折は驚きを見せたが、俎板に突き刺さる包丁に目だけを動かした。
「何さ。」
「自分で作れ。」
「はあ?何で。」
椅子の上で浮島がふしふし怒っている。身体をテーブルから離した折は椅子に凭れると首を鳴らし、仰け反った侭私を睨み付けた。
此れが何も用意されて居ない状態での注文なら何も云わない。しかしこうして現に用意されている。其れを無視して食べると云うのだから、自分で作れば良い。
「良いか?御前はもう浮雲じゃないんだ。十八の男何だ。学校にも行かない、働きもしない、昼迄ぐうたら涎垂らして寝て、猫と遊んで又寝て。なのに注文と文句だけは一丁前。軍にでも入って其の根性叩き直して貰ったら如何だ?」
此の世で一番嫌いな“軍”と云う言葉に折は頭を振りヒステリックを起こした。
「嗚呼っ、馬鹿馬鹿、馬ぁ鹿っ」
「煩い、喚けば良いと思うなよ。」
「神楽坂さんっ」
台所から魚片手に現れた夫人に更に腹が立った。此の調子だと味噌汁もあるであろう。
「貴女が甘やかすから。」
「良いじゃないっ、少し位。罰は当たらなくてよ。」
当たっただろう、息子が夫の隠し子と情死と云う最悪な罰が。そうは思ったが口には出さ無かった。私は其処迄酷い男では無い。
「散々甘やかした結果が此れですよ。此れ以上、如何甘やかすと仰る積もりかな、夫人。」
第一、折が洋食を食べ無い事を知って居る筈。態々面倒に二回作る位なら、初めから和食を用意していれば良い話。
其れだけ、私は云った。
すると夫人は俎板を持ち、息を吐いた。
「そうしたら、神楽坂さんが食べれ無いでしょう?」
「私が?」
態々夫人が二度手間のサンドウィッチと云う物を作ったのは、私が利き手で無い方の手で簡単に食べられると思ったからだと云う。
確かに、右手で箸を使うのは困難だ。昨日、痛感した。自分と私の口に交互に箸を運び、面倒を強いられるのは清人。だったら自分が二回作る、そう夫人は思った様だった。
夫人の其の自己犠牲精神に言葉を無くし、口元を隠した。
信じられ無い程、私は嬉しかった。
代筆と云い、食事と云い、此の夫人は本当に在の木島の妻であったのか疑わしい。いや、此れ程の人間が妻であったから、木島は容易く修羅になれたのであろう。そして、子供を残し死ねた。
此れが、元帥夫人。国と国を守る人間を守る男を守る、唯一の人間。
仏も修羅も、此れ等妻存在せずして存在しえない。元帥夫人と公爵夫人の差を見せ付けられた。
私が理想とする女性像が存在していた事に照れと歓喜が混ざる表情を隠し、視線を流した。
「私の事は、御気に為さらずに…」
「いいえ、違うのよ。」
「違う?」
夫人に続き、私も台所に入った。規則正しく鳴る包丁の音に耳を傾けた。
折は、長葱と大根の味噌汁が大好きらしいのだ。
「清人君がね、何だか可哀相で。子供は何時も大人の勝手に振り回されるのよ。」
味噌汁の味を見、完璧、と夫人は折の我が儘を聞いた。私は如何する事も出来ず、ずっと台所に居た。
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