愛妻家の朝食


突拍子も無く、新の事を聞かれた。自分の知らない息子の話を聞いて居る内に、此れは息子の話では無いのだと思う反面、確かに息子の話なのだと息が詰まった。
「明るい、と云えば明るかったです。折の言いなりでしたね、殆ど。」
そうだな、と雄一は考え、癖を思い出した。
「甘える癖がありましたね。本人は其れが甘えてるとは全く気付か無いで。後、爪を撫でる。」
指の腹で爪を弄る癖。仕草を真似る雄一の姿に雪子は息が詰まり、喉元が熱くなった。
「何かをして居る時に、こう…。帳簿を付けて居る時は特に。右親指の爪を、人差し指で。」
“右親指”に雪子は疑問を持った。
作業、特に帳簿を付けて居る時となれば筆記用具を持つ。作業“し乍ら”右親指の爪を人差し指で擦る事は出来無い。そうすると必然的に左利きになるが、雪子は其れに納得出来無かった。
「一寸待って。新は…右利きよ…?」
雪子の記憶では、確かに“右利き”であり、雪子の疑問に雄一は眉を顰めた。
「右…?彼は左利きですよ。私と同じですから。」
「でも、御箸は右で持ってたわ…。左じゃない。母親の私が云うのよ…?」
「けれど、確かに新は左に鉛筆を持ち、右に算盤を置いて居ましたよ。」
互いの記憶する利き手が違う。利き手がそう簡単に変わる筈は無く、雪子の話す新と雄一の話す新が同じ人間なのか不安になった。
けれど雪子は何かに引っ掛かった。そんな人間が一人居たと。
「新は、両利きだよ。考えれば判るだろう。」
のっそりと帰宅した折は、年寄りみたく声を出し、椅子に座った。そんなに疲れるのなら、毎日毎日遊びに行かず、家事でも代筆でもすれば良いのだが。
そんな折に御帰りも云わず、雪子は聞き返した。
「両利き…?新は、両利きなの…?」
利き手等何でも良いだろうとうんざりし、ぶっきら棒に頷き答えた。
雄一から聞いた癖を再度思い出し、涙が流れた。
顔も性格も癖も全部、癖に至っては完全に一致した。
一幸は“修羅”に似て居た。けれど新は“和臣さん”に似て居た。声にならず、呼吸も上手く出来ず、雪子は唯泣いた。
――木島さんが死ぬ一瞬前、彼は修羅から、昔の顔を私に見せてくれました。時恵が好きだと云った“馬鹿な御兄様”でした。
本郷の言葉を思い出し、最期迄一緒で無くとも良かったのに、行き成り泣き出した雪子に困惑する二人を忘れ、無言で泣き続けた。




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